第9話 目を開けたら閉じたくなりました

カーテンの隙間から差し込んだ朝日の眩しさによって目が覚めた。

いつ眠ったのかよく覚えていない。

ぼんやりとする頭のまま目を開くと閉じたくなるような光景が広がっていた。


「いつから見ていました?」


寝起き特有の低く掠れた声で尋ねる。


「お前が寝てからずっとだ」


悪びれた様子もなく答えるレオンス。

今の話が本当なら一晩中寝顔を見られていたということになる。それも恥ずかしいけどお持ち帰りされた相手の腕の中で平然と眠りこけるとか恥ずかし過ぎて死にたい。

枕に顔を埋めたいところだけど彼の腕がそれを邪魔してくるので掛け布団を引っ張り上げて見られないようにする。


「恥ずかしいです。レオの意地悪」


不敬罪も甚だしい台詞ではあるが許可なく寝顔を見てきたレオンスが悪い。

布団を捲り上げられ頭を見つめてくる瞳には怒りは浮かんでいなかった。


「冗談に決まっているだろう。私も三十分前に目を覚ましたばかりだ」

「寝顔を見たことに変わりはありません」

「好きな人の寝顔を見たくなるのは当然の事だ」


そんな事を言われても好きな人がいたことがないから分からない。

ふいっと顔を逸らすと髪を撫でられる。反射的に振り向くと私の髪を一束持ち上げ、そこにキスを贈るレオンスがいた。

朝から愛おしそうな目で見ないで欲しい。

どうしたら良いのか分からない状況に狼狽えていると部屋の扉が叩かれる音がする。


「誰だ?」

「ウラリーでございます」

「入れ」


扉を開けて入ってくるのは昨晩お世話になった侍女ウラリーだった。中に入ってきた彼女は洗錬されたお辞儀を見せる。


「おはようございます、陛下、アリアーヌ様」

「おはよう」

「お、おはようございます」


人と同じベッドで眠っている状態を誰かに見られるのは恥ずかしい。

ぎこちなく挨拶をするとウラリーの目がきらりと光ったように見えた。


「どうして陛下の腕の中にアリアーヌ様がいらっしゃるのでしょうか?まさか…」

「ち、違う」

「アリアーヌ様、正直にお答えください。陛下によからぬ事をされたのでしょうか?」


レオンスを睨みつけながら尋ねてくるウラリーは本当に私の心配をしてくれているのだろう。その優しさが嬉しい。首を横に振って「大丈夫です」と答えた。すると彼女の表情が和らいでいく。


「良かったです」

「何もしないと言っただろ」

「抱き締めているではありませんか」

「これくらい良いだろ!」


抱き締めて寝ることをこれくらいと言っているあたりレオンスって女性慣れしているのかしら。

大帝国の皇帝だし、きっと私以外にも多くの女性を娶るのよね。

生き残っていけるかしら。


「良いわけないでしょう!好きな女性を床に連れ込んだ挙句に抱き締めて寝るなど紳士の風上にも置けません!後でお説教ですからね!」

「なっ…!私は皇帝だぞ…」

「問答無用です!」


ウラリーは一言で皇帝を黙らせてしまう。

やっぱり彼女は凄い侍女だ。

レオンスより彼女に逆らう方がよっぽど怖そうだわ。注意を受けたら大人しく従うことにしましょう。


「陛下、アリアーヌ様の準備をしますので部屋を出て行ってもらえますか?」

「いや、ここは俺の…」

「出て行ってもらえますね?」


ウラリーと気迫に押されてレオンスは「はい」としょんぼりした様子で返事をする。

彼がベッドから抜け出すのと同時に私も立ち上がった。


「アリア、準備が終わったら一緒に朝食を摂ろう」

「分かりました」

「また後で」


大人しく部屋を出て行くレオンスを見送った。

準備って私なにを着たら良いのかしら。


「アリアーヌ様、少々お待ち下さい」


部屋を出て行ったウラリーは菫色のワンピースを持って戻ってきた。

生地や縫い方を見れば全てが上質な物であると分かる。流石は皇城に置いてある物だ。


「これは?」

「陛下からの贈り物でございます」

「そ、そうなのね」


いつ準備したのだろう。

聞いたら前々から準備しておいたと言ってきそうな気がする。


「後でお礼を言わないとね」


ワンピースを撫でながら言うとウラリーは大きく頷いた。

着替えを済ませると案内されたのはレオンスの執務室。既に朝食の用意がされていた。

よく考えれば昨日の舞踏会以来なにも食べていない。


「アリア、よく似合っている」


ぼんやり食事のことを考えているとレオンスが優しく笑いかけてくる。


「素敵な服をありがとうございます」

「気にするな。好みに合ったか?」

「はい。とても嬉しいです」


にこりと微笑むとレオンスは満足気な表情を浮かべた。

私の腰に腕を回して「朝食にしよう」とエスコートをしてくれる。


「ああ、そうだ。公爵達は既に到着している。食事が終わったら会いに行こう」

「分かりました」


レオンスの言葉に小さく頷いた。

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