第8話 ベッドの中にて
分かっていたけどやっぱり寝れないわ。
ベッドに入ってからもう三十分は経過しているが眠れる気がしない。
寝つきが悪いわけでも枕が変わったら寝れない人間でもない。勿論疲れているので眠気はある。
ただ隣に他の人が居るというだけで落ち着かないのだ。
現在、私とレオンスはお互いに背を向けてベッドの端っこ同士で寝転がっている状態だ。距離があるので気にしなくても良いのだけど同じベッドというだけで妙な緊張感が走る。だから眠れない。
「アリアーヌ、眠ったか?」
静まり返った部屋にレオンスの声が響く。
「起きていますよ」
後ろからシーツの擦れる音が聞こえてくる。それと同時にベッドが小さく揺れた。おそらく彼が寝返りを打ったのだろう。
振り返ると金色の瞳がこちらをじっと見つめていた。
「アリア」
優しい声色で紡がれたのは自分の愛称だった。
「と呼びたい」
「どうぞフォルス皇帝陛下のお好きなようになさってください」
愛称を呼ばれるくらいなら構わない。
私が許可を出すとレオンスは嬉しそうに目を細めた。
「アリアも私をレオと呼んでくれ」
「レオ様?」
「呼び捨てだ」
酷い無茶振りをされる。
皇帝が相手なのだ。愛称に様付けするだけでも心臓に悪いのに呼び捨てに出来るわけがない。期待の視線を送ってくるレオンスに困った顔を向ける。
「呼び捨てにするのは二人きりの時だけで良い」
妥協してやると捉えられるけど全くもって妥協案には感じられない。
ただこれ以上の譲歩は認めないという気持ちがひしひしと伝わってくる。
「不敬になりませんか?」
「私が許可を出している。この国に咎められる奴はいない」
それもそうだけど呼ぶのにはやっぱり勇気がいるものだ。目を閉じて深呼吸を三回。ゆっくりと瞼を押し上げながら名前を呼んだ。
「………レオ」
蚊の鳴くような声だった。
雑踏の中なら絶対に聞こえない。しかしここは静かな部屋だ。離れた場所に寝転がるレオンスにも届いたらしい。
「嬉しいな」
だらしなく頬を緩めるレオンスは皇帝とは程遠い普通の青年に見えた。
「……どうして近寄ってくるのですか」
さりげなく近寄ってくるレオンスをじっと見つめる。
笑顔で誤魔化そうとしていますね。
「もう少し近くで寝ても良いだろう」
結局レオンスは手を伸ばせば届きそうな距離まで寄ってきた。
余計に寝れなくなってしまう。
レオンスから視線を逸らし仰向けに寝転がった。今まで見てきた天井じゃないことに違和感を覚える。
私達を追い出したあの人達は今頃ぐっすりと眠っているのだろう。
そう思うと複雑な気分になってくる。
「アリア、辛そうな顔になっている。大丈夫か?」
レオンスの長い手が伸びてきて、私の頭を撫でる。
これは慰めてくれているのだろうか。
彼の察しの良さに笑ってしまった。頭を撫でる彼の手を取ってゆっくりとベッドに下ろす。
慰めは必要ないのだ。
「そこまで落ち込んでいませんよ」
断罪された瞬間は驚いたし、味方が居ないと分かった時はかなりへこんだ。
でも、今は落ち込んでいない。それは急激な環境の変化のせいだ。
「本当か?無理しなくともここには私しか居ない。泣いても良いのだぞ?」
断罪されて、国外追放。捨てられた森で皇帝に拾われお持ち帰り。
最後にはキスをされて告白までされてしまったのだ。今更お膳立てされたところで涙は出てこない。
「あまりにも急展開だったので泣きたいって気持ちより驚きの方が強いです。ある意味レオのおかげですね」
「それは役に立てたという事か?」
「かなり」
困らせられていますけどね。
それは口に出さなかった。
笑いかけるとレオンスの距離が一気に縮まる。
柔らかな枕は鍛え上げられた大きな腕に変わり、掛け布団とお腹の間にはこれまた長い腕が現れる。ぴったりと抱き締めてくるレオンスを睨み上げた。
「なにもしないのでは?」
「抱き締めるだけだ。他は何もしない」
「……暑くないですか?」
「人の体温って落ち着かないか?」
密着した体から伝わってくる彼の熱は確かに落ち着くものであった。
抵抗しようと思っていたのに優しく労るように頭を撫でられて心地良さに微睡む。
「おやすみ、アリア」
優しい声をかけられて私はゆっくりと眠りに落ちていった。
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