第7話 湯浴みを済ませたら侍女がいました

汚れてしまったドレスを脱ぐと所々に縄で縛られていた痕が残っていた。

治癒魔法を使い治してから浴室に向かう。

湯が染みたら嫌ですからね。


「公爵家の湯船も大きかったけど比べ物にならないわね…」


大人五人は余裕で入れるであろう湯船には既に湯が張られていた。

ここはレオンスの寝室だ。

本来なら彼の為に用意された物のような気がするけど使って良いのだろうか。


「向こうが勧めてくれたのだから良いのよね」


それに彼のことだ。

私の為に用意したと言い出しそうなので深くは突っ込まないで有り難く借りておこう。

髪を洗おうと洗髪剤に手を伸ばすと明らかに女向けの物だった。しかも未使用の新品。よく見れば洗髪剤だけじゃなく体を洗う為の石鹸も新しい物だし、何故か洗顔も用意されている。


「……本当に用意周到なのね」


疲れているし、深く考えるのはやめておいた方が良さそうね。

それに女物が置いてあるのは助かる。

体に付いた汚れを全て洗い終えると大きめの湯船に体を沈ませた。疲れが一気に解されていく。


「アルディを追い出された時はどうしようかと思ったけど、まさか帝国の皇帝にお持ち帰りされるなんて」


しかもキスされて、告白までされてしまった。

逃げられる気が全くしない。今のところは逃げようとも思っていないので良いけどね。


「それにしてもフォルス皇帝陛下は私のどこを好きになったのかしら」


一目惚れと言っていたし、容姿が好みだったのだろう。

自分で言うのもどうかと思うが私は美形の部類に入る方だと思う。しかし皇帝である彼の周りには沢山の美女がいるはず。

それなのに私を選ぶとは変な人だ。


「悪い気はしないけどね」


湯浴みを済ませて脱衣所に戻るとしっかりと纏め上げられた茶髪に焦茶色の瞳を持つ初老の女性が待機していた。

おそらくレオンスが言っていた侍女なのだろう。


「アリアーヌ様、お初にお目にかかります。ウラリーと申します。本日よりアリアーヌ様のお世話させていただく事になりました。よろしくお願い致します」


ウラリーと名乗る侍女は私にバスローブをかけた後に丁寧に挨拶をしてくれた。


「アリアーヌと申します。このような格好での挨拶になってしまい申し訳ありません。よろしくお願いします」

「アリアーヌ様は陛下の大切な方と聞いております。そう畏まらないでください」


苦笑いで「分かりました」と答えた。

ウラリーは手慣れた様子で私の寝る準備を始める。


「ウラリーはずっと皇城に仕えているの?」


風魔法で髪を乾かし、丁寧に梳かしてくれるウラリーに尋ねると大きく頷かれた。


「かれこれ四十年以上仕えさせていただいております」

「長いのね」

「陛下の乳母をしていた事もありますからね」

「そうなの?」

「はい。陛下が皇太子であった頃からアリアーヌ様のお話はよく聞かされました。それはもうこちらが恥ずかしくなるくらいのお話を」


どんな話をしていたのだと気になるが聞かないのが正解なのだろう。

鏡越しに見るウラリーは苦笑いをしていた。


「ところでアリアーヌ様」

「はい?」

「陛下と寝床を共にすると伺っておりますがよろしいのですか?」


他に部屋をご用意しますよ、と魅力的な提案をしてくれるウラリーに是非と返答しようとしたがやめた。

『今夜はそばにいてくれ』

レオンスから言われた言葉が頭の中に響いたからだ。


「既にフォルス皇帝陛下に了承しているので一緒に眠ることにするわ」

「律儀に守らなくてもよろしいのですよ?」

「なにもしないと約束してくださったので大丈夫だと思うけど…」

「いいえ、甘いですわ。陛下も男です。好きな女性と同じベッドに入って気持ちが抑えきれなくなるかもしれません」


それはそうだけど。

皇帝との約束を破るなど失礼な真似はできない。


「私はフォルス皇帝陛下を信じているわ」

「そうですか。差し出がましい事を言ってしまい申し訳ありません」

「ウラリーは悪くないわ。心配してくれてありがとう」


脱衣所を出ると既にレオンスがベッドに腰掛けて待機していた。

彼も別のところで湯浴みを済ませてきたのだろう。

しっとりとした黒髪も、上気した肌も、ガウンから覗く鍛え上げられた体も、息の吐き方ですら艶やかだ。全身から色気がだだ漏れのレオンスを見るのは心臓に悪い。


「お待たせしました」

「いや、待っていない」


まるで初夜のような雰囲気に頬が熱くなる。

大丈夫。ただ一緒に寝るだけ。なにも起こるわけがないわ。

私達の沈黙を破ったのは後ろに控えたウラリーの咳払いだった。


「レオンス陛下。くれぐれも手を出さないように」

「なっ、わ、分かっている!何度も言うな!」

「アリアーヌ様。もし陛下に変な事をされそうになったら大声を出してくださいね。隣の部屋で待機しておりますので」

「え、えぇ…」


レオンスを睨み、私に笑いかけたウラリーが部屋を出て行った。

皇帝を睨み付けるとは凄い侍女だ。乳母だったから出来る芸当なのだろうけど、それにしても凄い。

ふとレオンスと目が合う。


「寝るか」

「そうですね」


ウラリーのおかげで落ち着くことができた為、大人しくレオンスと一緒にベッドに潜り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る