第20話 視察⑥
食堂で出されたのは肉料理ばかりだった。味付けは簡単な物でありながら全て美味しく仕上がっており。私から見ると量が多く感じられたがレオンスは全て完食して満足気な表情を見せていた。料理長に挨拶させてもらうと「砦を守ってくださる騎士達が笑顔になれる料理を提供するのが我々と役目ですから」と温かな言葉をもらった。
「美味しかったですね」
「そうだな。特に香草焼きは美味かった」
「今度お城でも作ってもらいましょう」
笑いかけると「良い考えだ」と頭を撫でられる。
その光景を偶々通り掛かった騎士達が見た瞬間ぎょっとした表情に変わった。まるであり得ないものを見たような反応だ。
出迎えてもらった時から思っていたけど。
「レオ様が笑うと驚かれていませんか?」
レオンスが笑う度、もっと正確に言うなら私に甘い態度を見せる度に砦の騎士達に驚かれているような気がしてならない。尋ねると後ろに立っていたイザベルが顔を逸らして笑い始めた。隣に居たウラリーとレナールも苦笑いを見せている。
なにか不味いことでも聞いたのかしら。
「皇妃様、陛下は滅多に笑わない事で有名な方ですよ」
一頻り笑ったイザベルが答える。
レオンスが笑わない人?
あり得ないと思って「嘘でしょ?」と聞き返す。レオンス以外が揃って首を横に振った。どうやら嘘じゃないみたいだけど俄には信じられない。
私の知っているレオンスは基本的に笑っている。むしろ笑っていない時の方が少ない。
「陛下が笑うのは皇妃様と一緒に居る時だけですよ」
くすくす笑いながら教えてくれるのはやっぱりイザベルだ。彼女の言葉にレナールも大きく頷いた。
私と一緒に居る時だけって……。
レオンスを見ると頰を赤く染めていた。照れるようなことじゃないと思うのだけど。動揺していると彼に頰を撫でられる。見上げると照れ臭そうに笑われた。
「アリアと一緒に居る時は自然と笑顔になれるんだ」
「恥ずかしいことを人前で言うのはやめてください」
レオンスはすぐ甘ったるいことを言ってくる。照れるので人前ではやめて欲しい。抱き寄せられて「人前じゃなかったら良いのか?」と囁かれる。ベッドの中で馴染みのある艶やかな声に全身の熱が上がった。
ぎゅっと彼の服を掴み、睨むが全然怯む様子はない。
「レオ様、いい加減にしてください」
「すまない。アリアが可愛くて、つい」
こめかみにキスを落とされた。全然反省していないレオンスに溜め息が漏れる。助けを求めるようにウラリーを見ると「陛下、いい加減にしないと説教の時間が長くなりますよ」と脅してくれた。
流石に嫌なのかレオンスは早々に離れる。
「この様に陛下は皇妃様にご執心です。心に留めておくように」
そう言ってアラールを始めとする砦の騎士達に笑いかけるイザベルからは妙な威圧を感じた。彼女に乗っかるように「そうだな。アリアは私の大切な妃だ」と腰を抱いてくる。
念押しする必要はあったのだろうか。
上機嫌で歩き始める彼を見ながらそう思う。
「言わなくても私がレオ様の妻だと分かっていると思いますけど」
「念には念を入れた方が良いからな」
意図は分からないが必要なことみたいだ。腰からレオンスの腕を離そうするが逃してくれない。
後ろで「用もなく皇妃様に近付くな。見惚れるのも厳禁だ」という指示が出されていたことを私が知ったのは随分後になってからだった。
食後の運動を兼ねてやって来たのは砦内にある訓練場だ。当然皇城よりも狭いがそれでも配属されている騎士達の人数に対しては大きいと思う。一歩前に出たレオンスは「折角の機会だ。訓練の成果を見せてみろ」と騎士達に声をかける。皇帝陛下と戦う機会が与えられて嬉しいのか騎士達は笑顔で礼をした。
「アリア、これを持っていて欲しい」
「畏まりました」
レオンスは脱いだ上着を私に渡すとシャツの袖を捲りながら騎士達のところに歩いて行く。アラールから「皇妃様はあちらの席にどうぞ」と示されたのは二階席にあるボックス席だった。
それは良いとしてどうして離れているのかしら。
何故か距離を置いて声をかけてくるアラールに違和感を感じる。
「私、アラール隊長になにかしたのかしら……」
「皇妃様、気にしなくて良いですよ。行きましょう」
その場に残ったアラールを置いて二階席に向かう。
様子がおかしかったけど大丈夫かしら。
不安になっていると「陛下が嫉妬するので皇妃様に近づかないようにしているだけですよ」と教えてくれたのはウラリーだった。苦笑いの彼女につられて私も頰を引き攣る。
そこまで気を遣わなくても良いと思うのだけど。
くだらない理由で皇帝に睨まれたくないのは当然のことだ。しかしあの調子だと男性が誰も近寄らなくなってしまう。立場上それはよろしくない。
「ウラリー、後で説教しておいて」
「お任せください」
朗らかに笑うウラリーは「皇妃様も説教しますからね」と追撃してくる。
おそらくレオンスを甘やかし過ぎと叱られるのだろう。結婚してから何度目の説教か分からない。
深く溜め息を吐いた。
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