第18話 視察④
昼前にはアンフェールに到着を果たした。砦の入り口で馬車を降りるとずらりと並ぶのは砦の騎士達。
全員が深く頭を下げていた。隣に立つレオンスが「出迎えご苦労。顔を上げろ」と声をかけると全員が一斉に顔を上げる。
屈強な身体の持ち主が多く威圧感が凄まじい。
流石は砦を守る役目を担っているだけはある。それにしても視線が痛い。なかなか帝都に来ることが叶わない彼らと会うのは初めてだ。悪気はないと分かっていても数十人からの視線は流石に居心地の悪さを感じてしまう。
引き攣りそうになる頰を抑えていると隣から腕が伸びてきて肩を抱き寄せられる。優しく笑いかけてくるレオンスに安心した瞬間、騎士達に動揺が走った。
どうしたのかしら。
疑問に思っていると凄むレオンスに全員が姿勢を正した。
「皆に紹介しよう。我が妃アリアーヌだ」
視線で合図されるので礼をしようとするが肩を離してくれない。
まさかこのまま挨拶しないといけないの?
離すように笑顔で圧をかけると「このままで良い」と囁かれる。再び騎士達が困惑した表情を見せた。
よく分からないがとりあえず挨拶が先だ。
「ご紹介に与りました、アリアーヌでございます。皆様、どうぞよろしくお願い致します」
レオンスは離してくれそうにないので仕方なくそのままスカートを摘み上げてにこりと微笑む。
騎士達の頰がほんのりと赤く染まったのも束の間のこと。隣から「アリアは私の妻だからな」と低い声が響き、全員が真っ青になる。
念押しする必要はなかったと思うのですけど。
悋気を隠さない夫に怯える騎士達を見て申し訳なさが募る。
「レオ様、皆様を怖がらせるのはやめてください」
「アリアをいやらしい目で見ているこいつらが悪い」
私をそういう目で見ているのは貴方でしょう。
いつもこちらの気などお構いなしに求めてこようとするのだから。目で訴えかけるとレオンスは素知らぬ顔をする。
「ごほん……」
ひそひそと会話を繰り広げる私達に咳払いをして止めたのはいつの間にか後ろに控えていたウラリーだった。隣には苦笑いのレナールとイザベルが立っている。小競り合いをしている場合じゃないのは事実だ。
「レオ様、そろそろ視察を始めましょう」
「そ、そうだな」
後で説教を受けるのは勘弁したい。
……いえ、ウラリーの説教があったらレオと宿に行かずに済むのかしら。
そんなことを考えていると騎士達の中から一際屈強な体躯を持つ男性が前に出てくる。
彼はアラール・エタン・ミストラル伯爵。
年齢は三十歳。アンフェールの砦を守る騎士達の長を務める人物だ。十八歳で騎士団に入団。数々の武勲を立てており『砦の暴れ熊』の異名を付けられていると貰った資料に書かれていた。
アラールは私達のところにやって来ると短く切り揃えられた茶髪を揺らし跪く。漆黒の眼光は鋭くこちらを見上げた。
「久しぶりだな、アラール」
「お久しぶりでございます、皇帝陛下」
アラールはレオンスへ簡単な挨拶を済ませるとこちらに視線を向けた。
「お初にお目にかかります、アリアーヌ皇妃殿下。騎士隊長を務めさせて頂いております、アラール・エタン・ミストラルと申します」
「初めまして、ミストラル騎士隊長。本日はよろしくお願い致します」
「アラールで構いません」
呼びたいのは山々だけど隣からの嫉妬の眼差しにどうしたら良いのか分からなくなる。レオンスを見ると「好きにすれば良い」と笑顔で言われるが目が笑っていない。
すぐに妬くのだから困った夫だ。アラールも不味いことを言ったかもしれないと困惑した表情でこちらを見つめる。
「それではアラール隊長と呼ばせて頂きますね」
アラールの好意を無駄にするのも、呼び捨てにするのも出来ないので当たり障りのない答えを選ぶ。引き攣った笑みを見せたアラールは「畏まりました」と頭を下げる。渋々と納得してくれたレオンスは一時的に離していた手を私の腰に回して引き寄せてくると流れるようにキスをかましてきた。
なにをしているのよ。
離れようと彼の胸元を押すと余計に密着されて身動きが出来なくなる。周囲から戸惑う声が上がるけどお構いなしだ。舌こそ入れないが全然離れてくれない。
人前でキスは嫌だと数日前に言ったばかりなのに。
「陛下」
騎士達に見せつけるような艶かしいキスを続けているうちに抵抗する気も失せて甘ったるい空気が漏れ始める。その頃きつめの口調で声を発したのはウラリーだ。いつの間にか閉じていた目を開くと彼女がこちらを睨み付けている。憤慨する表情に説教を受けることが決まった。
すぐに宿に連れ込まれずに済みそうだと安堵するが喜ぶところじゃないとすぐに我に返る。
レオンスは最後に軽く唇を合わせた後、満足気に私を抱き締めた。よくこの状況で笑顔になれるものだ。
「アラール、案内を頼むぞ」
「は、はい……」
しれっとお願いするレオンス。
アラールは戸惑いを隠せないまま「どうぞこちらに」と案内を始めてくれる。顔を真っ赤に染めた騎士達の間を抜けて行くのはとても恥ずかしいものだった。
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