第17話 視察③

今回のアンフェール視察目的は改築された砦を観に行くというもの。本来なら私が来る必要はなかった。私がついて来ることになった理由は皇妃のお披露目をしたかったからと資料の最終頁に書かれていた。やたらと豪華な馬車を使っているのは皇族が来たことを見せつける為だろう。

私としても砦を守ってくれている騎士達に挨拶を出来る機会を貰えたのは幸いだ。


「んん……」


後一時間で到着するといったところでレオンスが目を覚ます。深く眠っていなかったのだろう今回は寝惚けてキスをされることはなかった。

ただ無駄にいい笑顔で唇を奪われる。おはようのキスは毎日やっている……というよりもされているのでこれくらいで動じることはない。

ぐりぐりと額を肩に押し付けてくる彼に「少しは休まりましたか?」と尋ねると大きく頷かれる。


「読み終わったか?」

「終わりましたよ」


膝に乗せた資料を見つめながら聞いてくるレオンス。頷くと「もう必要ないな」と資料を取り上げられてしまう。そのまま前の席に投げ付ける彼に驚いていると腰を引かれ身体を密着する形になる。

これは嫌な予感がするのだけど。

振り向くと相変わらずいい笑顔を見せている。彼は顔を近づけてくると触れるか触れないかのところでぴたりと動きを止めた。


「んぅっ……」


キスをされると咄嗟に閉じていた目を開いた瞬間、言葉を発する間もなく唇を奪われた。身構えることが出来ず甘ったるい声を漏らすと気を良くしたレオンスはそのまま舌を中に滑り込ませてくる。

私を好いて求めてくれる気持ちは嬉しいが時と場所を考えて欲しい。首後ろを引っ掻くと唇は解放してくれた。しかし額同士はぴったりとくっ付き、獣の眼光は次の隙を狙っている。


「レオ、駄目ですから……」

「到着するまで時間がある」

「それならお話しましょうよ」


腰に巻き付いた腕を振り解こうとするが力敵わず余計に密着されてしまう。熱い吐息が唇にかかり視線を上げると物欲しそうな表情で見つめてくるレオンスと交わる。親指の腹で唇をなぞりキスの許可を得ようとしてくる彼に「駄目です」と顔を逸らした。

その瞬間、剥き出しになった首筋にふぅと息を吹きかけられた。擽ったくてぞくぞくする。

彼の口を手で覆うと今度はひらを舐め上げられた。

いちいち反応してしまう敏感な身体に嫌気が差す。困っている私が面白いのかレオンスは目を緩める。

本当に諦めの悪い人だ。そしていやらしい。


「とりあえず離れてください」

「嫌だ」

「んっ……首元で喋らないでください」

「アリアが顔を逸らすからだ」


逸らしていた顔を戻すとまた唇を奪われる。情熱的なそれの合間に「視察の前に宿屋に行くか?」と誘ってくるレオンス。冗談に聞こえないそれに首を横に振って拒否を示すと残念そうな表情を向けられた。そしてまた口付けが繰り返される。顔を逸らさないようにしっかりと固定しての啄むようなキス。舌を入れられないようにする為、ぎゅっと口を閉じていたが無意識のうちに呼吸を止めてしまっていたらしく息が苦しくなる。

離れて行くレオンスに閉じていた目を開く。不意打ちをされるかもと警戒していたが視界に映り込むのは寂しそうな表情だった。


「そこまで嫌がらなくても良いだろ」


なにふざけたことを言っているのよ。

どうやらキスを嫌がっていると思われたらしい。しょんぼりするレオンスに深く溜め息を吐いた。それをどう捉えたのか慌て始める彼の頰を両手で引っ張って「馬鹿じゃないですか」と呆れた声を出す。彼は動揺に黄金を揺らした。


「本気で嫌がっているわけないでしょう」

「しかし……」

「今日は遊びに行くわけじゃないのです。触れ合いたいなら全てが終わった後にしてください」

「つまり視察が終わった後なら良いという事か?」

「それなら構いません」


つい数秒前まで項垂れていたレオンスは急に元気を取り戻す。にやりと笑って「それなら視察が終わり次第宿屋に行こう」と言ってくる。

あれ?もしかして選択間違えた?

断ろうとするがそれよりも早く彼が口を開いた。


「視察が終わった後なら構わないと言ったのはアリアだからな」

「せ、せめて皇城に帰ってからでも……」

「皇帝夫妻が宿屋に入って出てこないとなったら仲の良さを見せつけられるな?良い考えだ」


なにも良い考えじゃない。

視察は長く見積もっても三時間程度で終わるはず。お昼過ぎから皇帝夫妻が宿屋に閉じ籠るというのは全然良くないと思うのだけど。こちらが焦燥感に駆られている間にレオンスはレナールに連絡したらしく「宿屋の手配をお願いしておいた」と言われてしまう。

せめて月のものが来ていたら断れたのに。どう足掻いても逃がしてくれる気はないみたいだ。


「お願いですから視察の間は変な雰囲気を出さないでくださいよ」

「善処しよう」

「しっかり守ってください。そうじゃないと宿屋に行きませんからね」


睨みながら言ったのにレオンスは満面の笑みを見せつつ「分かった」と頷く。

流されやすい自分に溜め息が漏れた。

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