第16話 視察②

金の装飾が施された黒色の馬車に乗り込む。

御者台には御者と共にイザベルが腰掛けている。レナールはウラリーと一緒に後続の馬車に居るのでこちらの馬車内は私とレオンスの二人だけ。

どうして隣なのよ。

当然のように隣に腰掛けた彼を見ると笑顔で返される。


「近くないですか?」


今日の馬車は普段使っている物よりも大きい物だ。それなのにぴったりとくっ付いて座っているから広さを感じられない。それどころが狭く感じるのはきっと気のせいじゃないと思う。

狭いので離れてください。

そう言いたかったけど出来ないので柔らかいだ言い方をする。


「普通だ。本当は膝の上に座って欲しい」

「絶対に嫌です」


意地悪な表情のレオンス。膝の上に乗ったらなにをされるか分かっている。睨むように言うと「それは残念だ」と快活な笑顔を返された。不意に手を伸ばされて変なことをされるかもしれないと身体を縮こませる。


「これに目を通しておいて欲しい」


軽く閉じていた目を逸らすと紙の束を渡される。中を確認すると視察先であるアンフェールについて書かれた資料だった。

自意識過剰だったわ、恥ずかしい。

赤くなった頰を資料で隠しながら「分かりました」と返事をする。


「レオは寝てくださいね」

「しかし……」


視察のこともあって昨晩は閨事は控えさせてもらった。そのせいなのかレオンスは遅くまで執務室に篭っていたらしく寝室に来たのは私が眠った後だったとレナールから報告されたのだ。

帝都からアンフェールまで三時間弱。

馬車の中だから寝辛いと思うけど少しでも眠ってもらわないと。

満面の笑みで「寝てください」と圧を掛けると苦笑いを返される。


「それを見終わったら先程の続きを……」

「しません。ちゃんと寝ないと駄目ですよ」

「アリアは手厳しいな」

「寝なかったレオが悪いです」


寝ていたからといって馬車の中でいやらしいことをするのを許可していたわけじゃないけど。

それなのに項垂れて「昨日は早く寝るべきだったな」と呟くレオンスに溜め息が漏れた。


「もう変な事ばかり考えていないで寝てください」

「愛する人と二人きりなんだ。触れ合いたいと思うのは自然な事だ」


耳元で熱っぽく囁いてくるレオンス。良い声で誘惑してくるのはやめて欲しい。近づいている顔をぐっと押し返して「公私混同はやめてください」と返す。

私的な時間なら受け入れるのも吝かでない……気もするけど、今は資料に集中しないと。それに視察前に服を汚すのは勘弁したい。


「本当にアリアは厳しいな」

「普通ですよ」


柔らかな黒髪を撫でると心地良さそうに目を瞑って受け入れてくれる。一頻り撫でると満足したのか私の肩に頭を寄せて「借りても良いか?」と尋ねてきた。寝辛くないか心配になるが気分良さそうな表情を見せているレオンスに嫌だと言える私じゃない。そもそも私が寝て欲しいと言ったのだから枕代わりくらいこなしてみせる。


「レオが寝辛くないなら構いません」

「問題ない」


相当疲れていたらしい。目を閉じるとレオンスはあっさりと意識を手放した。

疲れているなら言ってくれたら良かったのに。

レナールの話によると彼は私に回されるはずの仕事まで請け負っているらしい。話を聞いてからはやめさせているけど。それにしても私が年下だから苦労をかけさせないようにしているのだろうか。

頼りないのは分かっているけどそれでも頼って欲しいと思ってしまうのは私の我儘だ。

前の私だったらこんな風に考えなかったのに。

きっと少し前の私だったら文句も我儘と言わず言われた通りに付き従っていた。アルディ王国に居た頃と扱われ方が違い過ぎることもあってお持ち帰りされてから随分と変わってしまったのだ。それが良いのか悪いのか今の私には判断出来ない。


「アリア……」


一体どんな夢を見ているのか私の名前を呼び嬉しそうに頬を緩めるレオンスに沈みかけた気持ちが浮き上がる。

今はこっちに集中しないと駄目ね。

膝に置いていたア資料を持ち上げて読み始めた。

アンフェールはフォルス帝国内で一番襲撃回数が多い町だ。そう言ってもここ数年はそこまで頻発しているわけじゃない。数ヶ月に一度やや大きめな仕掛けがあるみたいだけど砦を守っている強靭な騎士達からすると敵の強さはその辺りを彷徨いている破落戸と変わらないようだ。今のところ大きな損害は出ていない。

最強の魔法師として名高いレオンスが治める国に無作為に挑もうとすればどうなるか分かっている。ちょっとした様子見程度のつもりなのだろう。


「あれ……」


資料を捲っていくとある頁で手が止まった。ここ数ヶ月でまた襲撃者が増加していると報告が上がっている。しかも襲撃者達の尋問記録によると雇い主はアルディ王国らしい。

友好関係を切られた腹いせかそれとも私に対する嫌がらせなのか。とにかく私のせいだろう。捨てた人間のことなどさっさと忘れ去ってくれたら良いのに。全くもって厄介な存在だ。

砦の騎士達が抑えてくれているから良いけど……。

もしも許すことの出来ない事態を引き起こしたら祖国だろうが私も容赦するつもりはない。


「取り返しのつかないことをしないで欲しいわ」


小さな願いを呟いた。

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