第15話 視察①
新婚旅行を一週間後に控えた今日はレオンスと一緒に国境の砦がある町アンフェールに視察に向かっている。彼の視察に同行するのは初めてだ。
いつもの彼だったら一人で行ってくると言いそうなのにどうして私を同行させるのか聞かされていない。
遊びに行くわけじゃないことは分かっている。だけど二人でどこかに行けるのは嬉しい話だ。
「本日のお召し物はこちらになります」
ウラリーが持って来てくれたのは銀の粒が散らされた青藍のドレス。施された白銀の刺繍は豪華ではあるがレースやフリルは少なめ。皇妃としての華やかさを失わせず動きやすさも組み込まれた物だろう。
そしてこれを選んだのはおそらくレオンスだ。彼は私に白もしくは青系統のドレスを着せたがる。出会った時の思い出を振り返りたいみたいだ。
決して嫌いな色じゃないし、私の容姿にも似合うと思う。ただ顔立ちだけで冷たい印象を持たれやすい人間なのだ。服までひんやりさせると余計に怖がられてしまう恐れがある。
砦の人達に怖がられないように出来るだけ愛想を良くしないといけない。
「いつもありがとう」
無駄のない動きで着替えを終わらせてくれたウラリーに笑いかけると満足気な表情で「よくお似合いですよ」と返された。
そして後ろに控えていたイザベルからもお墨付きをもらう。彼女の装いは真っ白な騎士団制服。腰には白銀の細剣が下がっている。今日は護衛が主な任務である為だ。普段よりも凛としている姿に侍女達が頰を赤らめていた。既婚者かつ女性であるというのに同姓に人気があるのが彼女だ。
「髪型は如何なさいますか?」
「今日は少し暑いみたいね。上げてもらえる?」
「畏まりました」
軽く編み込まれた髪をぐるりと一つに纏め上げて金色の髪留めを付けてもらう。首元がすっきりいる為、涼しい。胸元に下がるレオンスから頂いたハートの金色のネックレスが光り輝く。黒曜石が嵌ったそれはレオンスからの独占欲を感じさせるものだ。
「皇妃様、陛下がいらっしゃいました」
姿見で着飾った自分を眺めていると外で待機していた侍女から声をかけられる。すぐに扉を開けてもらうように言うがレオンスは自分で扉を開けて入って来てしまう。慌てる侍女を他所に「アリア!」とこちらに駆け寄ってきて笑顔を見せてくる。隣には呆れた顔で彼を睨み付けるウラリーの姿があった。
「我々は一度失礼します」
気遣ってくれたのかそれとも別の理由があるのかウラリーを始めとする待機していた全員が部屋から出て行ってしまう。部屋の扉が閉じると同時に大きな身体に包み込まれた。
これを見たくなかったのね。
彼女達が出て行った理由に納得している間にもレオンスは嬉しそうに私を抱き締める。
「よく似合っている」
「ありがとうございます、レオもよくお似合いですよ」
レオンスは薄水色のシャツに豪奢な刺繍入りが施された群青色の上着を身に纏っていた。上着の色は私のドレスと合わせているのだろうか。そう思っていると「今日はお揃いの色だな」と笑顔で言われる。
遊びに行くわけじゃないのに浮かれた様子だ。
お互い様なので注意は出来ないがそのうちウラリーあたりから気を引き締めるように言われるだろう。
それよりも……。
「お待たせしましたか?」
「いや、待っていない。こちらの準備が終わったから来ただけだ」
「馬車で待っていても良かったのですよ」
「それは無理な話だ。一秒でも長くアリアと一緒に居たいからな」
また恥ずかしいことをさらりと言う。
私を大事にするようなことを言ってくれるのは嬉しい。ただ揶揄う気満々なのが丸分かりだ。
ここで過剰に反応したら調子に乗らせるともう知っている。にこりと微笑み「ありがとうございます」と返事をした。思ったよりも普通の反応に面白さを感じなかったのか残念そうな表情を返される。
「本当に思っているからな?」
「分かっていますよ」
レオンスは私に嘘を吐かない人だ。
それはよく分かっている。笑顔で頷くと「可愛い」という言葉と共に短いキスを唇に落とされた。
短く触れ合いが何度か繰り返される。
「んっ……。レオ、そろそろ行きませんと……」
彼の上着を引っ張って言ってみるがキスをやめてくれる気配はない。それどころが激しくなる。
このままだとなし崩し的に食べられてしまいそうだ。
そう思い始めた頃、部屋の扉が叩かれる。
外から「いい加減にしてください」という声が響く。声の主はウラリーだ。
全然出てこない私達がなにをしているのか丸分かりなのだろう。呆れた声になっていた。
彼女に逆らうことが出来ないのだろうレオンスは絡み合っていた舌を抜いて解放してくれる。しかしその表情は不満気……いや、物足りなさそうだ。
「続きは馬車の中だな」
耳元で色っぽく囁かれる。
楽しみという笑顔を見せられるので「今日は視察に行くのですよ」と睨み返す。浮かれていることは注意出来ないが淫らなことは禁止だ。
「キスくらい良いだろう」
「密室でキスをするとレオはすぐにそういう雰囲気に持っていくので嫌です」
しょんぼりと項垂れるレオンスに胸がちくりと痛むがここで甘やかすわけにはいかない。そもそも視察に行くまでにすることじゃないのだから私の判断は間違っていないはず。
「ほら、行きますよ」
嫌そうにするレオンスの手を引っ張り連れ出した。
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