第14話 寝室での罰
「いい加減許してくれないか?」
夫婦の寝室で夫の情けない声が響く。
普段だったらベッドの中で一日のことを話し合っている時間だけど今日は違う。
ベッドに腰掛ける私に対してレオンスは離れたところにあるソファで正座している。私がベッドに近寄らないように言ったからだ。
本来なら皇帝をベッドに近付けさせないのは不敬にあたるが今回は向こうが悪いので許されるはず。
「許して欲しい」
今日のお昼過ぎレナールにレオンスとのキスを目撃されるという悲劇が起こった。
彼が寝惚けていたのは分かっていたし、引き剥がせなかった私も悪いと思うが簡単に許すわけにはいかない。許せないほど恥ずかしくて堪らなかったのだ。
顔を逸らし「嫌です」と返事をする。
「キスくらい結婚式の時にも見られたじゃないか」
拗ねたように言ってくるレオンスを睨み付けると今度は向こうが目を逸らした。
結婚式の時にキスをしているところを多くの人に見られたのは事実だ。しかしあれは特別な場面だったから許容出来たこと。
今回は執務室で公務を片付けている真っ最中にキスをするという最悪の場面を目撃されたのだ。しかも服を脱がされそうになっているところまで見られた。
あの時の無駄にいい笑顔をしたレナールを忘れはしない。彼が人に言いふらすような真似はしないと分かっている。しかし今後しばらくの間は生温かい視線を送られ続けるに決まっているだろう。
その度に見られた時のことを思い出すのだ。
「大体寝惚けてキスするって失礼ですよ、変態!」
「変態じゃない。目を開けて好きな人が近くに居たら触れたくなるだろ!」
「触れるにしても限度がありますよ」
頰を撫でられているところを目撃されたくらいなら私だって怒ったりしなかった。私達が見られたのは貪るような激しいキスだ。
睨むように言うと「うっ……」と声を漏らし罰の悪そうな表情を向けられる。
「とにかく罰として今日は別々に寝ましょう」
本当なら寝室も別々にしたいところだけど新婚一ヶ月にしてそれをやったことを知られると不穏な噂の種になりかねない。
私の言葉に焦ったように「それは駄目だ!」と声を張り上げるレオンス。確かに皇帝をソファで寝かせるというのは気が引ける。
「ベッドを使いたいならどうぞ。私はソファで寝ますから」
ソファで寝ると身体が痛くなるが一日くらいなら大丈夫だ。
枕を持って立ち上がると「どうぞ」と声をかけるとレオンスは眉を顰める。気に食わないらしい。
「そういう意味で言ったわけじゃない。別々に寝たくないと言ったのだ」
「私は一緒に寝たくないと言いました」
本当に嫌になったわけじゃないが罰を与えるには丁度良い。
にこりと微笑むとレオンスは頰を引き攣らせ「そこまで言うか……」と弱々しい声を漏らす。そしてよろよろと立ち上がるとゆっくりこちらに歩いてくる。
両手を広げる動作に逃げようとするがそれよりも早く抱き締められてしまう。
「今日は何もしない。だから別々に寝るのは勘弁して欲しい」
離したくないと言うようにきつく抱き締められる。
耳元で囁かれた声は情けないくらい弱々しいもの。皇帝の威厳を全く感じられない。まるで子供のようだ。
身に湧き上がっていた怒りがどこかに行ってしまう。
結局私はレオンスに弱いのだ。
ぐっと力を入れると彼の身体はあっさりと後ろに倒れ込む。二人揃ってベッドに寝転ぶ。
「なにもしないって約束は守ってくださいよ」
「一緒に寝るのは良いのか?」
「離してくれる気ないじゃないですか」
今もしっかりと私を抱き締めている。離す気がないと言われているようなものだ。仕方ないと微笑むとレオンスも強張った表情を柔らかくする。
「約束は守ろう」
「それなら良いですよ」
十分に反省しているみたいだし許しても良いだろう。
安心したように抱き締める力を強めてくるレオンスの髪を撫でると笑顔を返された。
「じゃあ、もう寝ましょう。逃げないので離してください」
レオンスを下敷きにして寝ることは出来ない。退こうとするのに大きな腕を使って阻止されてしまう。
拗ねた子供のように「嫌だ、このまま寝る」と駄々を捏ねてくる彼に溜め息を吐いた。
「柔らかいところで寝たいので却下です」
「……抱き締めて寝るのは許してくれるか?」
「それくらいなら良いですけど変なことはしないでくださいよ」
「分かったからその敬語を外してくれ」
二人きりなのにいつまでも敬語を使い続けているのが気に食わなかったのか指摘されてしまう。
頷いて「一旦離して」と言うのに離す気はないらしい。そのまま器用に布団の中に入り込むレオンスに苦笑いが漏れた。
「今日は本当にすまなかった」
「私こそ頰を叩いてごめんなさい」
叩いてしまった頰を撫でると「俺が悪かったから気にしなくて良い」と返される。額を合わせておやすみを言ってくるレオンスの背中に腕を回す。
「おやすみなさい」
すぐに眠気がやって来て意識を手放した。
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