第75話 お色直し①
皇城に着くと一旦レオンスとはお別れだ。披露宴前にお色直しをする為である。
「また後で会おう」
「ええ、また後ほど」
手の甲にキスを贈ったレオンスは自身の控え室まで向かって歩いて行く。見届けた後、自分の控え室に入ると既視感のある光景が広がっていた。ウラリーを筆頭とした侍女達が待っていましたと言わんばかりの表情を浮かべている。頰を引き攣らせたのは今朝同様にぎらついた視線を送られたせいだ。
「お帰りなさいませ、アリアーヌ皇妃殿下」
レオンスとの婚姻が交わされた為、皇城は私の住まいとなっている。お帰りなさいと言ってもらえるのは皇妃として認められた気がするので非常に嬉しい。しかし逃げ出したいと思ってしまうのは今朝のことがあるからだ。
「私達が心を込めてお色直しをさせて頂きます。お覚悟ください!」
声を揃えて言われる。
だからどうしてお色直しをしてもらうのに覚悟を決めないといけないのだろうか。
聞き覚えある台詞と共に寄って来るウラリー達は既視感のある姿勢をこちらに見せた。
披露宴まで約三時間足らず。一体何をされるのだろうかと不安が過ぎる。
「あ、あの、挙式は終わりましたし、そこまで気合を入れなくても…」
良いですよ、と言わせてもらえない。
ウラリー達は鋭い視線をこちらに向けてきたからだ。
これまた既視感がある。もう余計なことをせず大人しくしていた方が良いのかもしれない。
「良いですか、アリアーヌ皇妃殿下」
「今まで通りアリアで良いわよ…」
皇妃として認めてもらえるのは嬉しいが近い人に呼ばれるのはむず痒いものがある。
公の場では無理だと分かるが裏では今まで通りに接してもらいたいのだ。
私の言葉にウラリー達は眉を顰める。嫌という雰囲気が漂ってくるが生憎とこれに関しては折れてあげる気はない。にこりと微笑み「お願いよ」と告げる。
「畏まりました、アリア様…」
肩を落として仕方なく愛称呼びをしてくれるウラリーに「ありがとう」と笑った。
他の侍女達も良いのか分からないまま愛称呼びを続行してくれる。皇妃の私が許すと言っているのだから皇帝であるレオンス以外はひっくり返せないのだ。
不安にならなくても良いのに。
そう思っているとウラリーから小言が再開される。
「アリア様は皇妃殿下となられたのです。披露宴では挨拶回りもあるのですから完璧な姿で出て頂かなければいけません」
「そ、そうね…」
よく考えれば披露宴は挙式に参列出来なかった貴族達も大勢やって来るのだ。皇妃として相応しい格好をしないといけないのは当然である。
ウラリーの言い分に納得していると顔を近づけられる。
「それに婚姻を交わされたところで陛下を狙う女性は多くいるのです。ご自身が陛下の妃であると、付け入る隙はないと見せつけなければいけませんよ!」
レオンスは皇帝である。
彼の結婚は皇妃を迎えて終わりじゃない。側室を迎えることだってあるし、その座を狙おうとする女性が現れるのも普通のことだ。
特に大帝国との関わりを持ちたがっている小国の姫君や権力を欲している高位貴族のご令嬢は披露宴でレオンスとの距離を積極的に縮めようとするだろう。
彼が側室を迎えることは反対するつもりはない。ただ私にも矜持があるのだ。目の前でレオンスに薄汚れた欲望をぶつけられるのを許容する気はない。
なにより私達の披露宴なのだ。好き勝手にされるのは我慢出来ないものがある。
「ねぇ、みんな」
「はい?」
「完璧にお願い出来る?」
悪巧みを考えるような笑みを見せる。私がなにを考えているのか分かったのだろうウラリーは身体を震わせ歓喜に満ちたような表情を浮かべる。彼女の後ろにいる侍女達も同様だ。
声を揃えて「はい!」と大きく返事をした。
「完璧に仕上げてみせます!」
「会場中の視線を独占するような存在に致します!」
血走った目と「うふふ」と漏れる声、わきわきさせている手。それらには既視感がある。しかし前回以上の気合いの入れようだ。
焚き付けたのは私だけどここまで効果覿面とは思わなかった。
「全て私達にお任せください」
どうやら今回は本当に覚悟を決めないといけないらしい。
頰を引き攣らせる私に伸びてくる手を目瞑って受け入れる。
「さぁ!みんな、やるわよ!」
うぉーという侍女達の低い声が響き渡った。
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