第74話 馬車にて

サンティエ大聖堂を出ると金の装飾が施された真っ白な馬車が待機していた。民衆に自分達の姿を見せることを目的としている為、普段使用している囲いのある物と違って乗車している人が分かる物を用いている。

レオンスに腕を引かれて馬車に乗り込むと人が追いかけられるくらいのゆっくりした速度で走り出す。

御者を担当してくれているのはレナールだった。指名したのはレオンスだ。兄もやりたがっていたみたいだけど流石に公爵家の息子に任せることは出来なかった。


「アリア、笑顔を忘れるな」

「それはこちらの台詞ですよ」


ここから一時間以上は笑顔を見せ続けなければならない。舞踏会で慣れているので問題なく出来るだろう。

サンティエ大聖堂を離れると大きな通りが姿を現した。花祭りが開催されていた場所だ。

前は露店がずらりと並んでいたけど今日は違う。私とレオンスの姿を見ようと集まった民達が立ち並びこちらに向かって手を振っていた。


「凄いですね」

「皆が私達の結婚を祝福してくれているんだ」


作り笑顔を向けることになると思っていたのに。

集まってくれた人の多さに嬉しくなって自然と笑顔が溢れ出た。手を振れば大きく手を振り返してくれる民達からは祝福の声が飛び交う。


「レオンス皇帝陛下、万歳!アリアーヌ皇妃殿下、万歳!」

「フォルス帝国の新しい皇帝夫妻に祝福を!」

「お二人ともおめでとうございます!」


祝福の言葉の中にはレオンスを慕っている女性達の嘆きの声も混じっていた。

私が陛下と結婚したかった。

私達の皇帝陛下がご結婚されてしまったわ。

ずっと好きだったのに。

思うことは自由だ。最後の機会だと声に出すことも許してあげたい。それなのにもやもやしてしまう。


「レオ様は大人気ですね」

「それを言うならアリアだって人気者だろう。お前を嫁にしたかったと嘆く男達が多いぞ」

「レオ様と結婚したかったと悲しんでいる女性の方が多いですよ」


笑顔で手を振り続けながら周囲に悟られないくらい小さな声で言い合いを始めるとレナールから「結婚早々に痴話喧嘩をしないでください」と呆れられてしまう。

手を振っていない方の手をぎゅっと握られて振り向けばレオンスの顔が近づいてきて。


「んっ…」


何故かキスを贈られる。

私達の姿が重なった瞬間「きゃー!」「わー!」と悲鳴と歓声が響き渡った。

ここでキスする予定はなかったのに。

文句を言おうか考えたがそんな気分にはなれなかった。そっと目を閉じて与えられる温かさと気持ち良さを受け入れる。

長いことしていたせいか唇が離れる頃には息が切れていた。夢中になっていたと慌てて周囲に目を向けると顔を赤らめる人が多い。


「お二人とも長過ぎるせいで民が動揺していますよ」

「レオ様が離れてくれないからよ…」

「アリアだって嫌がらなかったじゃないか」

「痴話喧嘩は二人きりの時にお願いします」


目付きを鋭くさせたレナールに注意を受けて二人揃って「分かりました」と返事をした。

長いキスを誤魔化すように手を振ると静まり返っていた民衆からは歓声が上がる。今度は嘆くような声は聞こえてこなかった。

まさかこれが狙いだったの?

横目でレオンスを見ると満足気な表情を浮かべていた。


「どうしてここでキスしたのですか?」

「私のアリアだと男達に見せつける為だ」

「馬鹿な人ですね」


もう婚姻を交わした。正式に夫婦となったのだから見せつける必要はないのに。

握りっぱなしになっていた手に力を込めるとレオンスがこちらを向いた。今度は私からキスを贈る。

たった数秒の短いものは民衆の歓声をより大きなものにさせた。


「あ、アリア…!」

「私のレオだと女性達に見せつけるですよ」


真っ赤になって慌てるレオンスに微笑みかける。

完璧な皇帝と思われている彼をこんな風に出来るのは私だけ。

それを自慢出来たと思ったら心の内に広がっていたもやもやが消え去っていった。


「痴話喧嘩の次はイチャイチャですか…。真面目にやらないと後でウラリーさんに怒られますよ」


レナールの声にそれは嫌だと思ったが結局私とレオンスは皇城に着くまで何回もキスを交わすことになるのだった。

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