第73話 挙式②

「レオンス皇帝陛下にお聞き致します。汝は新婦アリアーヌ・エクレールを病める時も健やかなる時も愛し、守り抜く事を誓いますか?」


まずはレオンスから誓いを立てる。


「天地がひっくり返ろうと彼女を愛する事を誓おう」


一瞬の躊躇いもなく力強く声を発するレオンス。

彼に真っ直ぐ見つめられた司祭は小さく頷いた後、私の方を向いた。

次は私が誓いを立てる番だ。


「アリアーヌ皇妃殿下にお聞き致します。汝は新郎レオンス・ルロワ・フォルスを病める時も健やかなる時も愛し、支え続ける事を誓いますか?」

「はい。生涯、彼だけを愛する事を誓います」


私もレオンス同様に逡巡することなく誓いを立てる。

まるでそうするのが当然であるかのような感覚だった。

出会いは五年前。レオンスからの愛を知ったのはたった三ヶ月前だ。短い期間であるが彼と生涯を共に過ごしたいというのは嘘偽りのない本心である。

背後から聞こえてくるのは感嘆の声だった。


「では、指輪の交換を」


指輪が運ばれてくる間にウエディングドレスに合わせた真っ白なレースの手袋を外して待機した。

レオンスの向き合ったところでいよいよ指輪の交換が始まる。先に指輪を渡されるのは私だ。

左手の薬指に通されたのは小粒の黒石が嵌め込まれた白銀の指輪。内側には二人の名が刻まれている。

結婚指輪をどうするか決める際にお互いの髪色を使用しようと話し合ったのだ。本来ならレオンスの髪色である黒色の指輪が良かったのだけど見栄えの問題で私の髪色になった。代わりに嵌められたのが黒石だ。

今度は私がレオンスに指輪を嵌めていく。


「それでは永久の愛を込めて誓いの口付けを交わして頂きましょう」


再びレオンスと向かい合う。

一歩前に出て腰を下げると白銀のベールがティアラに引っ掛からないよう丁寧に捲り上げられる。

顔を上げるとレオンスの笑顔が鮮明に映った。ゆっくりと近づいてくる彼を目を瞑って受け止める。


「…っ、ん……」


レオンスとのキスは初めてじゃない。それなのに初めてするような感覚に陥るのは人前の行為が初めてだからだろう。

温かさと心地良さがじんわりと全身に広がる。

流れを聞いた際に数秒の短いものであると聞かされていた。それなのになかなか離れてくれないレオンスに戸惑いを感じる。

なにをやっているのよ、この人は…。

長々とキスを交わしている私達に参列者達にまで動揺が走る。


「長過ぎだろ…」


小さな声を漏らしたのは参列者席の最前列にいる兄だった。

私だって長いと思うけど離してくれないのはレオンスなのだ。肩を掴む力が強まり、重なる唇の角度が変わり深いものになる。まるでキスに集中しろと言われているような気分だ。

どれだけの間そうしていたのか分からない。

ようやく離れていくレオンス。長く触れ合っていた場所に外の空気が当たり冷たく感じる。目を開いて彼を見ると満足気に笑っていた。

やってやった感が満載の笑顔だ。


「レオの馬鹿」

「アリアが可愛いのがいけない」


小さな会話は家族に聞こえていたようで呆れたような視線を向けられた。

なかなか進行をしない司祭を見ると私達のキスの長さに呆けていたらしい。目が合った瞬間にハッと我に返っていた。


「つ、続きまして誓約書への署名を」


困っているじゃないですか。

横目でレオンスを睨み上げると流石に申し訳なくなったのか苦笑いを浮かべていた。

司祭が用意してくれた結婚誓約書への署名は新郎から行う。

素早く署名を書き上げたにも関わらずレオンスの筆跡は乱れ一つない綺麗なものをしていた。

続いて私が行っていく。ゆっくりと丁寧に書き上げた署名は普段よりもずっと整っていた。

二人の名が刻まれたのを確認した司祭はにこりと微笑み、参列者の方を向く。


「これを以って二人が神の名の下で夫婦となったことを宣言します」


私達が正式に夫婦となった瞬間だった。


「皆様、新たな夫婦を祝福しましょう!」


司祭の言葉を受けた参列者達は一斉に拍手を私とレオンスに贈ってくれる。

拍手の中を二人で寄り添い合いながら出口に向かって歩き始める。頭上から白い花びらが舞い降りてくる中、響くのは祝福の言葉だった。


「アリア、レオ、おめでとう」

「お二人ともおめでとうございます」


二人揃って嬉しそうな声を出したのは兄とリシュエンヌだ。早く二人の結婚式も見てみたい。

これは後で伝えさせてもらおう。


「アリア、陛下、おめでとうございます」


笑顔を向けてくれた母の隣には涙を堪えているのか頷くだけの父の姿があった。

意外と泣き虫な父には今度ハンカチを贈ろうと思う。


「アリア、あっちにウラリー達が居るぞ」


レオンスに声をかけられてオーケストラの方を見るとウラリーとレナールが大きく拍手を贈ってくれていた。

平民である彼らは参列者席に着くことは出来ない。どこかで見てくれていれば良いと思っていたが予想よりも近くで見てくれていたようだ。


「レオ、後でウラリーに説教されるのでは?」

「めでたい日なのに叱られるのは勘弁願いたいな」

「お説教を受ける時は一緒に受けてあげますよ」


不思議に思ったのかレオンスは「何故だ?」と首を傾げる。

彼の腕にもたれかかりながら上目遣いで微笑む。


「どんなことも二人で分かち合わないといけませんよ。夫婦ですから」



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