第72話 挙式①

豪奢な造りをした大きな扉の前に立つ。


「緊張するな」

「レオも緊張するのですね」

「私を何だと思っている。普通の人間だぞ」


大陸一の最強魔法師で大帝国の皇帝陛下。

世界中の人間が羨む地位と名誉を持つ完璧人間。

ただ一目惚れをした貴族令嬢を娶る為に必死になったり、森に捨てられた罪人をお持ち帰りする一面もある変わった性格の持ち主でもある。

普段の彼を見ていると普通とは言い難い存在だ。

しかし侍女に怒られてしょんぼりしたり、婚約者の兄に嫉妬したり、理性を失って素の部分を出したりする普通の青年らしい一面も持っていることを私は知っているのだ。


「分かっていますよ」


ぎゅっと手を握り締めると「なら良い」と嬉しそうに笑うレオンス。手が冷たくて少しだけ震えている。

本当に緊張しているのね。

疑ったわけじゃないが触れて実感するとまた違ってくる。


「頑張りましょうね」

「勿論だ」


微笑み合った瞬間、祝福の鐘が鳴り響く。

扉がゆっくりと開かれた。鈍い音を立てているのは長年の歴史を持つ故だろう。

扉の向こう側には高くて広々とした空間が広がっていた。高く伸びた天井はアーチ状になっておりガラス張りの中央部分からは太陽の光が降り注ぎ、全体を神々しく照らす。

細かな彫刻が施された柱が左右に何本も並び、祭壇まで続く。そして祭壇奥にあるのは神聖な雰囲気を持つ円形のステンドグラスだ。

至る所には精巧な装飾がされており、二手に分かれた参列者席の中央床には白い花が散りばめられていた。

数百とある参列者席に座っているのは周辺諸国の王族、重鎮達を始めとする名だたる権力者達だ。その中には海を渡った先の大陸にある国の王族達まで来ている。

どこを見ても圧巻な光景だ。

いくら公爵令嬢であろうと気圧されるのも無理ない。


どこから聞こえているのかオーケストラの演奏が鳴り響く。厳かな低い音色と共に参列者達が一斉に立ち上がる。怖気づきそうになる私にレオンスは優しく微笑む。

大丈夫だと言われているようで安心感が広がった。


「さぁ、行くぞ」

「はい」


祭壇に向けて堂々と歩き出すレオンスに後れを取らないように隣を歩く。

ちらりと彼を見上げると時機良く視線を合わせてくれる。優しい微笑みは太陽の光によって一層輝いて見えた。あまりの神々しさに一瞬惚ける。思わず足が止まりそうになり体勢が崩れてしまった。

腕を引いて上手く庇ってくれたレオンスのおかげで転ばずに済む。


「気を付けろ」

「ごめんなさい、ありがとう」


通路の中央付近で見つめ合ったせいか周囲からは感嘆の声が漏れて聞こえてくる。


「レオンス皇帝陛下もアリアーヌ様も素敵ね」

「ええ、お似合いだわ」

「熱く見つめ合ってお互いに夢中なのね」


恥ずかしいことを言われて頰が赤く染まる。

密着するように腕を引かれて寄り添うように歩き始めるレオンス。見上げると満足気に笑う姿があって緊張の色は見受けられない。むしろ楽しそうだ。

嘘吐きな狡い人。

そう思うのに自然と頰が緩むのはいつも通りのレオンスを見たおかげで私の緊張も薄まったからだ。

祭壇まで辿り着くと初老の司祭が私達を見つめて優しく微笑む。参列者全員の着席を見届けた後、司祭はゆっくりと口を開いた。


「今よりレオンス皇帝陛下とアリアーヌ皇妃殿下の挙式を始めるとする」


司祭の声が響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る