第76話 お色直し②

披露宴の衣装はレオンスの希望により彼と出会った時に着ていたドレスを彷彿とさせる物になっている。

深い青と白のグラデーションが色鮮やかなスレンダーラインのドレス。内側には無数の白金の星が散りばめられており、胸元には濃淡の紺色で作られた薔薇が咲き誇るデザインだ。

鎖骨まで露出された首元には黒石が均等に五つ嵌められたネックレスが、耳元には月を象ったイヤリングが白銀に輝いている。

編み込みで綺麗にまとめ上げられた銀髪には黄金の不死鳥を飾ってもらっている。兄とリシュエンヌから贈り物だ。

身に纏う全てが最高級品を素材を使用した特注品であり、どれを見ても目を引かれる物となっている。

やや濃い目に施された青基調の化粧は昼間と打って変わって切長の目を強調するようになっており、普段よりも冷ややかに感じられる。ウラリー曰く「陛下に近寄る女性を凍りつかせましょう」という目的があるらしい。

他国の王族には柔らかい印象を持たれたかったけど小娘だと舐められても困るのでこれで良いのだろう。


「アリア様、お綺麗ですわ!」

「月の女神のようですよ!」

「あ、ありがとう。みんなが頑張ってくれたからよ」


満足気な笑顔で褒め称えてくれる侍女達。さっきまで『打倒陛下を狙う者』を掲げて殺気を身に纏いながら髪や化粧を施してくれていた人達と同一人物だと思えない。

皇城の侍女達を焚き付けるのは危険だ。もうやめた方が良いかもしれない。


「アリア様、陛下がいらっしゃいました」

「通してあげて」


今朝叱られたことを反省したのかレオンスは扉が開いてから入ってきた。挙式の時とは装飾が異なる黒色の軍服を身に纏った彼は黄金を大きく見開き、すぐに柔らかく緩める。

抱き締めようとしたのだろう腕を開きながら駆け寄ってきてくれるが抱き合うことは叶わなかった。

あと少しのところでウラリーに邪魔を受けたのだ。首根っこを掴まれたレオンスは恨みがましく彼女を見下ろした。


「ウラリー、邪魔をするな」

「しますよ。アリア様はたった今準備を終えたのです、陛下が抱き着いたらやり直しになるではありませんか」

「うっ…」


ウラリーに睨まれたレオンスは助けを求めるようにこちらを見つめた。助けてあげたいところだけど時間をかけて準備をしてもらったのだ。抱き締められたりキスされて滅茶苦茶にされるのは勘弁願いたい。

目を逸らすと視界の端にショックを受けたような表情を浮かべるレオンスがいた。気不味いのか気を使ってくれたのかウラリー以外の侍女達はそそくさと出て行ってしまう。


「そもそも夜になればいくらでも触りたい放題なのですよ。数時間くらい我慢してください」

「触りたい放題って…」

「あら、新婚初夜にする事は一つしかありませんよ」

「ウラリー、そういうことは言わなくて良いから」


にんまりと笑うウラリーの言葉にレオンスと共に頰を赤く染める。

私達は結婚して夫婦となったのだ。初夜にするべきことは理解している。

ただそれを披露宴前に意識させられるのは恥ずかしくて堪らないのだ。自分の身を抱いて縮こまっている私の横でウラリーは厳しい顔付きをレオンスに向けた。


「陛下、我慢出来ますね」

「も、勿論だ」

「それなら良いです」


真っ赤な顔で必死に頷くレオンスに満足したのかウラリーは首根っこから手を離した。

苦笑いを浮かべていると「お二人ともそちらに座ってください」とソファに座るように言われてしまう。


「ところでレナールからの報告に聞いたのですが馬車に乗っている際、調子に乗っていたらしいですね」


民衆の前で言い合いをしたりキスを繰り返したりして騒がせたことを言っているのだろう。

なに余計なことを言っているのよ。

披露宴の準備で席を外しているレナールがここにいたら文句を言っていたところだ。


「み、民衆を楽しませる演出だ」

「演出でキスしたのですか?」

「違う、私のアリアだと見せびす為にしたんだ!」


拗ねるように見つめると即答で本音を返してくるレオンス。いくらなんでも演出でキスをされるのは嫌だ。ちゃんと否定してくれて安心しているとウラリーから深い溜め息が聞こえてくる。


「挙式の時もあの人を困らせて一体何を考えているのですか」


挙式で行った長ったらしいキスについては完全にレオンスが悪い。

全然離してくれなかったのは彼なのだから。ちらりと隣を見ると罰の悪そうな表情を浮かべていた。

それにしてもあの人ってどういうことなのだろうか。


「別にいちゃいちゃするなと言いませんが皇帝と皇妃としての自覚をお持ちください」


ウラリーから注意に二人揃って「すみません」と返事をする。結婚しても私達は彼女には敵わないようだ。

しょんぼり肩を落としていると扉の方からくすくすと笑う声が聞こえてくる。


「相変わらずウラリーは厳しいですね」


あの人は神父さん?

扉のところに立って笑っていたのは私達の挙式を担当してくれた司祭だった。服装は真っ白な司祭服から貴族男性の正装となっており、垂らしていた長い白髪は後ろで束ねられている。


「ジョワ」


ウラリーが駆け寄って行く。

愛称呼びをしているけど昔からの知り合いなのだろうかと首を傾げる。

疑問を解決してくれたのはレオンスだった。


「ジョフロワ、ウラリーの旦那だ」

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