第70話 結婚式の日⑦

招待客達がサンティエ大聖堂への入場を開始したと報告が入った。

一時間もしないうちに私とレオンスの結婚式が開始される。大帝国の皇帝が結婚するのだ。招待客の多くは他国の王族もしくは国の重鎮のみとなっている。


「アルディ王国は私の結婚についてどう思っているのかしら」


今度は準備万端の装いで控え室に訪れてくれたレオンスに尋ねると「さぁな」と素っ気ない答えが返ってくる。私がアルディ王国について気にかけているのが気に食わないのか、それとも私を追い出したアルディ王国に興味がないのか。おそらくどちらも正解だろう。

怒らないでほしいと隣に腰掛けるレオンスの手を握った。


「……アルディの奴らは大騒ぎをしているらしい」


渋々と答えてくれるレオンス。微妙な表情を浮かべる彼からは私の耳に余計なことを入れたくなかったという気持ちがひしひしと感じられる。


「そうですか…」


私の結婚について騒いでいるというよりも追い出した私のせいで大帝国との友好関係が終わってしまうことに抗議の声を上げているのだろう。

もしくは罪人として追い出した私が幸せになることが許せないから騒いでいる可能性も考えられる。


「騒いでいるのはアリアの断罪に関わった者だけだ」

「私の断罪に関わった人ですか」


私はあの断罪劇について詳しく知らない。

王族とサジェス公爵家、ジュリーが私を嵌めたということくらいしか分かっていないのだ。

なにか知っているであろうレオンス達に尋ねても答えてはもらえなかった。

情報も遮断されており手に入らない。


「アリア、幸せな日に余計な奴らの事を思い出す必要はない」


肩を抱き寄せてくるレオンスはこれ以上は聞くなと言いた気に見つめてくる。

アルディ王国た関するあれこれは気になるけど彼の言う通り佳き日に気にかけることではないだろう。


「そういえば昨日はご両親のお墓参りに行かれたのですよね?」


話題を変える為に尋ねるとレオンスは嬉しそうに「久しぶりにゆっくり話せたよ」と笑った。変な空気のまま式まで待たずに済みそうだと安心する。

部屋の隅に立っているウラリーとレナールが残念なものを見る目でレオンスを見つめた。おそらく私が彼に気を使ったのが丸分かりだったのだろう。


「どんなお話をされたのですか?」

「婚約者になってからのアリアの可愛さについてだ」


本当にどんな話をしたのだろうか。

気になるけど聞いたら後悔する予感しかない。頰を引き攣らせているとレオンスは爛々とした目をこちらに向けてきた。

聞いてほしいという気持ちがよく伝わってくる。


「そ、そうですか…」


先帝達も大して会ったことのない私の話を語られたところで反応に困ると思う。

苦笑いを浮かべるとレオンスは少しだけ寂しそうな表情を見せた。


「父上達にもアリアの花嫁姿を見せてやりたかった」

「レオ様…」

「特に母上はアリアが来るのを心待ちにしていたからな」


レオンスは五年前から私を妃に迎える準備をしていたと言っていた。当時は彼の両親も健在だったのだ。

皇太子であった彼が両親に私の話をしていないわけがない。反対はされなかったのだろうか。されたところで言うことを聞くような人じゃないので無理に計画を進めたと思うけど。

気になるので聞いてみることにした。


「ご両親には私の話をされていたのですか?」

「妃として迎えたいと話していた」

「許可は?」

「勿論頂いていた」


好意的に接してくれていた前皇妃様が反対しなかったのは想像出来るがあの厳しそうな前皇帝が許可を出したのは意外だった。

友好国の王太子の婚約者であった私を手に入れることで利益があるとは思わないし、可愛い息子の頼みだから受け入れたのだろうか。


「よく許可を得られましたね」

「母上は私に甘い人だったからな。父上はアルディ王国の天才が欲しかったのだろう」


お持ち帰りされた際にも天才だと称された。しかしそれだけの理由で許可を出すとは思わない。やっぱり可愛い息子の頼みを聞いてあげたかったのだろう。

都合の良い考え方だし、私の願望も入っているので口には出せなかった。


「今度この衣装でお墓参りに行きますか?」

「今日でも良いぞ?」

「忙しくてまともに挨拶が出来なさそうなので却下です。落ち着いたら行きましょう」


私としても二人に花嫁衣装を見て欲しいのだ。

レオンスは「分かった」と穏やかな笑みを浮かべる。

指切りの代わりに繋いだ手の力を強めた。


「アリアは何をしていた?」

「昨日ですか?」

「ああ」

「レオ様のおかげで家族旅行が出来ました」


日帰りだったけど嫁ぐ前にいい思い出が出来た。

感謝の気持ちを込めて笑顔で答えるとレオンスは「良かったな」と嬉しそうに頰を緩める。


「どこに行ったんだ?」

「フードルです」

「何故フードルに?」

「十年前に一度連れて行ってもらったことがある思い出の場所だからです。家族として再び訪れたくて」


十年前と変わっているところもあれば変わっていないところもあった。思い出をなぞるように過去に行ったお店を回ったのだ。

兄から迷子ごっこをしようと誘われた時は流石に断ったけど。それでも十年前と比べ物にならないくらい大切な思い出が出来た旅だった。

私の話に耳を傾けていたレオンスは「大切な思い出が出来て良かったな」と笑う。


「レオ様ともたくさんの思い出を作りたいと思っていますからね」


お持ち帰りされてからたくさんの思い出を作ってもらった。でも、まだ足りないのだ。

これから長い人生を共に歩む者として語り切れない思い出を作っていきたいと思っている。

レオンスは一瞬呆気に取られたがすぐに笑って頷いてくれた。


「勿論だ」

「楽しみですね」


くすりと笑い合った。



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