第71話 結婚式の日⑧
「そろそろ待機をお願い致します」
レナールから声がかかる。先に立ち上がったレオンスから手を差し出されて手伝ってもらいながら立つ。
レースが何重にも重なっており普段着ているドレスよりも重みがある為、身体が揺られてしまう。
結婚式の最中に転ばないように気を付けなければいけない。
「ふらついているな。大丈夫か?」
「ドレスの重みに驚いてしまって今は大丈夫です」
「そうか。転びそうになったら私に寄りかかると良い」
優しく微笑むレオンスに「ありがとうございます」と笑いかける。しかし流石に皇帝陛下に寄りかかるのは気が引けるので気持ちだけ受け取っておくことにしよう。
「陛下、こちらを」
レナールが持ってきたのは強力な魔法で鍵をかけられている黒革の箱だった。前に一度だけ見せてもらったことがあるので中身は知っている。
皇妃のティアラが入っているのだ。
箱にかけられた魔法の解除方法を知っているのは皇族のみ。そして皇妃のティアラが取り出されるのは重要な式典の時だけだ。それ以外の時は皇城の宝物庫で厳重に保管されている。
レナールから箱を受け取ったレオンスは何重にもかけられた魔法を解いていく。最後の一つが解かれるの同時に箱が大きく開かれる。
姿を現したのは黄金のクラウンティアラ。約五十近くのダイヤモンドが散りばめられたそれは両脇に有名な御伽話に登場する不死鳥が精巧に刻まれており、中央に位置する太陽を彷彿とさせるオレンジスファレライトを仰ぐようなデザインになっている。
初代フォルス皇帝陛下のお気に入りであった名工が十数年の時間をかけて作り上げたと語られている代物であり、価値を付けるとしたら帝国の国家予算に匹敵すると言われている。
「アリア」
「はい」
婚姻に関係なくティアラを捧げられた時点で皇妃としての自覚を持たなければいけない。
ゆっくりと載せられた重みに自然と背が伸びていく。
ウラリーから「よくお似合いですよ」と微笑まれる。
「ああ、アリアに相応しいものだ」
「ありがとうございます」
レオンスは気遣ってくれたが皇妃のティアラは今の私に相応しいものじゃない。でも、必ず相応しい人物になってみせる。
皆に認めてもらえるような皇妃になろう。
「ウラリー、ベールを」
「畏まりました」
皇妃の代わりにベールを下げてくれたのはレオンスの乳母であるウラリーだ。私がお願いをした。
髪全体を覆ったのは精緻に仕立てられた白銀のベール。縁取りには色素の薄い小粒の宝石がキラキラと輝いており、銀色の髪が透けて見えるようになっている。
「ありがとう、ウラリー」
「大切なお役目をお任せ頂けて光栄です、皇妃様」
にこりと微笑むウラリー。帝国に持ち帰られて一番お世話になったと言っても過言ではない彼女はもう一人の母のような存在。だからこそ彼女にお願いさせてもらったのだ。
「陛下」
「何だ?」
「アリア様を泣かせてはいけませんよ?泣かせたら説教です」
「分かっている」
ウラリーに忠告を受けるレオンスは皇帝というよりも普通の子供のようだ。くすくすと笑うとレオンスから「笑うな」と言われてしまう。
少しでも長く二人の掛け合いが見られたら良いわね。
「それでは私達は行きますので」
「しっかりしてくださいよ、陛下」
部屋を出て行くレナールとウラリーを見送ると隣から深い溜め息が聞こえてくる。
「言われなくとも分かっているのに」
「ウラリーにとってレオはいつまでも子供なのでしょうね」
「もう二十八歳だぞ」
「年齢は関係ありませんよ」
親と子というものはそういうものだとエクレール公爵家の母に教えてもらった。
やれやれと首を横に振ったレオンスは情けない表情を一変させて皇帝の顔になる。
「さて、行こうか。我が花嫁」
我が花嫁ね。
断罪されて森に捨てられた私の前に現れたレオンスが言った台詞だ。
くすくすと笑って彼の手を握った。
「ええ、行きましょう。旦那様」
二人揃って歩き出した。
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