第69話 結婚式の日⑥

控え室の方にレオンスが向かっているという知らせを聞いた家族とリシュエンヌは邪魔になってはいけないと出て行ってしまった。

残ったのは私とウラリーの二人だけだ。


「レオ様は綺麗だと言ってくださるかしら」

「きっとアリア様の美しさに放心しますよ」

「さっきのお父様のように?それはないわよ」


求婚を受けた日の食事前にレオンスが放心したのは私が初めて出会った時と同じ格好をしていたからだ。

今回のウエディングドレス姿は一度見せているし、その時の彼の反応は蕩けるような笑みで「よく似合っている」の一言だけ。今日もそのくらいのはずだ。

ウラリーの気遣いは嬉しいけどそこまで持ち上げてくれなくても良い。


「アリア様はご自身の美しさを自覚するべきですよ」

「今日はウラリー達のおかげで美人に見えるかもしれないわね」


自身の容姿が悪いとは思っていないが貴族令嬢の中には私よりも優れた容姿を持つ人物が大勢いる。エクレール家の母やリシュエンヌが良い例だ。彼女達と並ぶと私は平凡に感じられてしまうだろう。

私の返事が気に食わなかったのかウラリーはやれやれと首を横に振った。


「アリア様、陛下がご到着…って陛下、お待ちを!」


侍女の慌てた声が聞こえてくる。それと同時にバンッと扉が勢いよく開かれた。私もウラリーも動じることなくゆっくりと開かれた扉の方に身体を向ける。

きっちり整えられたはずの前髪が乱れており、毛先を跳ね上がらせたレオンスが立っていた。息切れを起こしていないのは立派だけど、どこをどう見ても慌てて来たことが丸分かりだ。

じっと見つめてくるレオンスは口を薄く開くだけでなにも言ってくれない。

豪華絢爛な装飾が付け加えられた黒色の軍服姿は屈強な体躯を持つ彼によく似合っており、思わず感嘆の声を漏らしたくなるほど色気に満ちていた。贔屓目に見なくても国一番の格好良さの誇っているだろう。

私は彼に見合うだけの格好を出来ているのかしら。

不安になりながら黙って見つめ返した。

静まり返る控え室の中でお互いだけを視界に映す。


「ごほん、陛下」


沈黙を壊してくれたのはウラリーだった。彼女を見ると呆れたような視線をレオンスに向けている。

改めてレオンスに向き合うと目を逸らされてしまう。

似合っていないから見ていられなくなった。

そう思うが頰から耳にかけてを赤くしているところを見ると照れているように感じられる。


「あの、なにか言ってもらえませんか?」


似合っている、いないにしても一言くらいほしい。

催促するようで申し訳ない気持ちになりながら告げるとレオンスは慌てて顔を上げた。

見つめてくる黄金の瞳には熱が浮かび上がっており、こちらの体温まで上昇させる。


「よく似合っている」

「そ、そうですか…」

「あまりにも綺麗だったから言葉を失ったんだ。すぐに褒めてやれなくてすまない」


今度は私が言葉を失う番だった。

まさか綺麗だったからなにも言われなかったとは。

すぐに言葉をくれなかった理由が分かり安心するが同時に恥ずかしくもなる。じんわりと頰に強い熱が帯びていくのを感じた。

鏡を見る必要ないくらい真っ赤になっている。


「レオ様もよくお似合いです」


照れ臭い気持ちを乗せた言葉は少しだけ震えた。

レオンスは強張った表情を柔らかい笑みに変えてこちらに歩み寄ってくる。自然と私からも距離を詰めた。


「本当に綺麗だ。こんなにも美しい人を妻に出来るとは私は幸せ者だな」

「それはこちらの台詞ですわ。レオ様のような素敵な方の妻になったら国中の女性に恨まれてしまうでしょうね」

「何を言う。恨まれるのは私の方だ」

「いいえ、私の方です。レオ様はご自身の格好良さを鏡で確認するべきです」


既に多くの女性に恨まれている気がするけど譲ってあげる気は毛頭ない。

褒め合い合戦になりかけところで咳払いで止めてくれたのはウラリーだった。二人揃って彼女を見ると腰に手を当てて呆れたような視線を向けられる。


「仲睦まじいのは結構ですが周りの目を気にしてください」


周りを見ると目が合う前にさっと視線を逸らす侍女と侍従達が立っていた。その中にはどこかに行っていたはずの兄とリシュエンヌの姿もあり、二人揃って揶揄うように「馬鹿だ」「馬鹿ね」と言ってくる始末だ。

今度は恥ずかしさから頰を赤く染めた。顔を手で覆いたくなるが化粧が崩れてしまうのは良くないと俯くことでその場を凌ぐ。


「私のアリアが困っているだろ、見るな」


手を払って周囲の人達を追い払うレオンスだけど悪いのは見ていた二人の世界に浸っていた私達だ。

目の前で甘ったるいやり取りを見せられたら誰だって見たくなるものだと思う。


「いちゃいちゃするのは夜二人きりになった時にしてください」

「分かっている」


ウラリーに注意を受けたレオンスは眉間に皺を寄せながら答えた。

時機を見計らって入室して来たレナールは私を見ると優しい笑顔で「よくお似合いです」と褒めてくれる。

長年面倒な貴族達の相手をして来たからだろう。レオンスよりも紳士的に感じるのは内緒にしておく。


「レナール、どうしてこちらに?」

「陛下を連れ戻しに来ました。準備が途中だと言うのに我慢出来ずアリア様を見に行かれたので」


なにをやっているのだとレオンスを見上げると目を逸らされる。小さな声で「どうしても早く見たかったんだ」と呟く彼に苦笑いだ。ウラリーに至っては背中を押してさっさと行くように促している。


「また後で会いましょう、レオ様」

「ああ、また後で」


レナールに連行されて行くレオンスの背中を見つめながら笑い声を漏らす。

我慢出来ずに見に来てくれたレオンスの好意が嬉しくて堪らないのだ。首を傾げるウラリーに「なんでもないわ」と笑いかける。

早く式が始まってほしいと感じた。

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