第66話 結婚式の日③

「ううっ…。もうお嫁にいけないわ」


強制連行された浴室では二十人がかりで体の隅々まで磨かれ、ぐったりしている間にベッドに運び込まれ身体中を揉みほぐされた。それはもう恥ずかしいくらい酷い声を上げまくっていたと思う。

もう十分だと逃げ出そうとしても侍女達の力が強く逃げられず、されるがままたっぷりと磨き上げられた。

結果やたらとキラキラした空気を身に纏って化粧台の前に腰掛けている状態だ。


「本日お嫁に行かれるのに何を寝惚けた事を言っているのですか…」


恥ずかしさのあまり顔を隠していると頭上からウラリーの呆れた声が聞こえてくる。

私が恥ずかしがっているのここにいるみんなのせいだからね?

そう言う気持ちで周りを見回す。侍女達からはとても爽やかな笑顔を向けられた。ここに入ってきた時とは大違いだ。

おそらく私の身体を磨くことが出来て楽しかったのだろう。末恐ろしい人達だ。


「はい、次は髪とお化粧ですよ。完璧に仕上げますからね!ついて来てください!」


ついて来てくださいってどこについて行けば良いのよ。

もう化粧台の前に座っているというのによく分からない。しかしついて行かなかったら無理やり連行されるのだろう。

諦めるしか選択肢がない私はウラリー達に身を任せることにした。


「アリア様、ブリュイヤール公爵令嬢がいらっしゃいました」


侍女達の熱烈な歓迎を受けていたせいで兄とリシュエンヌが外で戦ってくれていることがすっかり頭から抜け落ちていた。大変な思いをさせてしまったのに失礼な話だ。

扉の前に立っていた侍女にリシュエンヌを通すように言う。


「アリアちゃーん!」


一時間以上前に会った時より元気なリシュエンヌに驚く。おそらく戦闘後特有の気分の高揚が生じているのだろう。

それにしても元気だ。見たところ怪我もしていなさそうなので安心する。


「外の阿呆達は全員片付けて来たから安心してね」

「お怪我はありませんか?」

「勿論ないわよ。ジェイドもかすり傷一つ負ってないわ」


もう少し楽しませて欲しかったと言うあたり相手は大した敵ではなかったのだろう。そもそも兄とリシュエンヌの二人を楽しませられるほどの相手がいるとは思わないけど。

こちらをじっと見つめてくるリシュエンヌに首を傾げた。


「アリアちゃん、さっきより窶れた?」

「き、気のせいですよ」


戦ってくれていたリシュエンヌに侍女達に磨かれてぐったりしましたとは言えない。

目を逸らして誤魔化すと「そうかしら」と疑いの目を向けられるので話題を晒すことにした。


「そ、それよりもブレスレットはジェイドお兄様から受け取られましたか?」

「ああ、そうだったわ!貰ったわよ、ありがとう」


リシュエンヌの手首に付けられていたのは金色のブレスレットだった。伝えなかった私が悪いので責められないけど、どうやら察してくれなかったらしい。


「喜んでもらえてなによりですが、そちらのブレスレットはお兄様のつもりで贈らせて頂きました」

「やっぱりアリアちゃんはそう考えてくれてたのね。私もそう思って言ったのにジェイドが逆だって大騒ぎしたのよ」


リシュエンヌは察してくれたみたいだけど兄が勘違いしたようだ。そういう考え方に鈍感な人だから仕方ない。苦笑しているとリシュエンヌは「交換してくるわ」と部屋を飛び出して行った。


「リシュエンヌ様は嵐みたいな方ですね」

「昔からよ」


ウラリーの言葉に肩を竦める。

幼い頃のリシュエンヌは兄と二人で幼い私を振り回していた。今思えば屋敷の中で篭りきりで厳しい教育を受けていた私を気遣って外に連れ出してくれていたのだろう。

ただ単に外で遊びたかっただけかもしれないけど。それでも彼女達のおかげで幼い頃にも大切な思い出を手に入れることが出来たのだ。

その話をするとウラリーはくすりと笑ってみせた。


「ふふ、アリア様はリシュエンヌ様を慕っておられるのですね」

「リシュー様は大切なお姉様ですから」


もう何年も二人の結婚を待ち望んでいるのに結婚しないまま先に私が結婚することになってしまった。無理やり結婚させたいとは思わないけどリシュエンヌの花嫁姿は早く見たいものだ。

ぼんやりと彼女の花嫁姿を想像しているとウラリーから声がかかる。


「さて、アリア様。休憩は出来ましたね」

「へっ?」


振り向くと化粧道具を両手に待ち構えるウラリー達が視界に映り込む。

全員が良い笑顔だ。冷や汗が流れ出るのは先ほどの施しが脳裏に甦ったから。

また始まるのね…。


「さぁ、始めますよ!」


本日二度目の私の絶叫が響いた。

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