第65話 結婚式の日②

サンティエ大聖堂に到着すると準備の為、兄とは離れることになる。


「次に会うのは式の前だな。しっかり磨かれて来いよ」

「分かっております。ジェイドお兄様は少しでも休まれた方が…」

「いや、俺は招かれざる客人達と遊ばないといけないからな」


外に感じるのは妙な殺気。一人、二人じゃない。もっと大人数だ。情報が漏れていたのかそれとも前々から待機していたのか分からないが招かれざる客であることは間違いない。

兄一人で対処するのは無理があるのでは?


「そんな心配そうな顔をするな。妹の晴れ舞台を穢そうとする輩に俺が負けるはずないだろ」


兄が優秀な魔法師であることは分かっているが寝不足なのだ。なにか起こるか分からない。心配にもなってしまう。


「ジェイド一人じゃないからね」


聞いたことがある声に振り向くと手を振って歩いてきたのはリシュエンヌだった。

どうして彼女がここにいるのだろうと兄を見ると「なんでここに居るんだよ」と頭を抱えている。知らなかったようだ。


「レオンス様にアリアちゃんの警備をお願いされたのよ」

「レオ様に?」

「っていうのは建前でアリアちゃんが緊張しないように話し相手になって欲しいと言われたのだけどね」


気心の知れた相手であるリシュエンヌが側にいれば私が緊張せず準備を終えられるだろうというレオンスの配慮だったようだ。

気持ちはありがたいけど朝早くから呼び出さなくても良いのに。


「それならアリアの側に居ろよ。あいつらは俺が片付ける」

「あら、私の方がジェイドより強いわよ」

「何だと?」

「どっちが多く倒せるか勝負しましょう」

「望むところだ!」


あからさまな挑発に乗ってしまうあたり兄は寝不足なのかもしれない。言い終わってからしまった顔になる兄を置いて「お先に〜」と駆けて行くリシュエンヌ。一人で向かわせて大丈夫だろうか。


「ジェイドお兄様」

「すぐに追いかけるからあいつの事は心しなくて大丈夫だ。ああ、俺の事も心配しなくて良いからな」


頭を撫でて走り出そうとする兄の服を引っ張る。急に動きを止められた兄は振り向いて「どうかしたのか?」と首を傾げた。


「本当は後で渡そうと思っていたのですが…」


持ってきていた紙袋から小さな箱を二つ取り出して兄に渡す。何か分からないのだろう兄は不思議そうに箱を眺めた。


「お世話になったお礼をしたくて用意させて頂きました。一つはジェイドお兄様の、もう一つはリシュー様の物です」

「これは何だ?」

「ブレスレットですよ。防御魔法の付与をしているので役立つと思います」

「なるほど。分かった、リシューにも渡しておくよ。ありがとうな」


手を振って駆けて行く兄の背中を見送る。

渡したブレスレットはそれぞれ色が違う。

一つは金色の鎖に新緑の魔法石が嵌っているリシュエンヌをモチーフとしている。こっちが兄にあげる物である。

もう一つは銀色の鎖に空色の魔法石を嵌めており兄をモチーフとしている。こちらがリシュエンヌ用だ。

お互いを守れるように選んだのだけど。


「ちゃんと言っておけば良かったかしら」


もし逆になっていたら後で言えば良いかと控え室の中に入る。

すぐそこにはウラリーを筆頭に皇城仕えの侍女が二十人ほど並んでいた。全員お顔見知りであるはずなのに普段と違ってギラつく目をする彼女達に苦笑いが漏れる。


「おはようございます、アリア様」

「皆様、おはようございます。本日はよろしくお願いします」

「私達が心を込めて美しい花嫁姿にさせて頂きます。お覚悟ください!」


ウラリー達は声を揃えて言う。

花嫁姿にしてもらうのにどうして覚悟を決めなければいけないのか。

その疑問は一瞬のうちに消え去った。

じりじりとにじり寄ってくる侍女達から後ずさって逃げようとするが扉にぶつかり逃げ場がなくなる。


「いや、あの、程々で大丈夫です。ちょっと綺麗にしてもらえれば…」


十分です、という言葉はウラリーの鋭い視線によって言うことが叶わなかった。

逆らってはいけないなにかを感じたのだ。


「良いですか。アリア様はフォルス帝国の皇帝レオンス様の妃となられるのです。中途半端な仕上がりで皇帝の隣に立つ気なのですか?いえ、それはあってはならない事です」


私が答える間もなく自分で答えを導き出すウラリーに頰が引き攣る。

彼女が言う通り皇帝の隣に立つ以上は中途半端な格好は出来ない。完璧に仕上げてもらわなければならないことは理解出来た。しかし今にも私に辱めを受けさせようとする侍女達の空気はどうにかして欲しいところだ。

空気が怖すぎて逃げ出したくなるわよ。


「逃げないし、ちゃんと施しを受けるからその怖い雰囲気をやめて」

「怖がらなくても大丈夫ですよ。皆、皇妃様となられるアリア様の準備に関わる事が出来て嬉しくなっているだけですわ!」


血走った目に、漏れ聞こえてくる「うふふふ」という怖い声、無駄にわきわきさせている手の動きを見せられて嬉しそうにしているとは思えない。

嬉しいならもっと笑顔でいて欲しいわ。

これだと獲物を狙う飢えた獣の目だ。


「大丈夫ですよ、アリア様。痛い事はありません。すぐに良くなりますから!」


私は一体なにをされるのだ。

恐怖から逃げ出そうとするがそれよりも早く侍女達の手がこちらに伸びてくる。


「さぁ!みんな、お手入れから入るわよ!」


イェーイ、という侍女達の声と私の絶叫が響き渡った。

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