第64話 結婚式の日①
家族旅行の翌日、いよいよ私とレオンスの結婚式が執り行われる日が訪れた。
私達の結婚式が行われるのは帝都の中心に存在しているサンティエ大聖堂だ。
フォルス帝国の建国当初に創られた聖堂で歴代の皇族の婚姻が交わされている歴史がある。
結婚式の下見で大聖堂には行ったことがあるが立派な場所だった。歴代の皇族の結婚式が執り行われている場所である為、荘厳と神聖が合わさった雰囲気を纏う聖堂だ。
「ふぁ…。眠いですね」
「緊張感ねーな」
サンティエ大聖堂に向かう馬車の中、大きな欠伸をしていると前に座る兄から呆れた声が聞こえてくる。
国の皇帝と皇妃の結婚式なのだ。万全な状態で式に臨む為、朝から早くから準備を行うことになっている。
その結果、夜明け前に屋敷を出ることになったのだから欠伸の一つくらい許してほしいところだ。
「普通はもっと緊張するだろ…」
「緊張はしていますが今は眠気が優っています」
「朝早いからな」
「ジェイドお兄様、朝早くから付き合わせてしまってすみません」
結婚式が開始するまで約六時間。
昨晩遅くまでお酒を飲んでいた両親はまだ眠っている。しかし兄だけは朝早い時間から付き合ってくれているのだ。
「気にするな。皇帝様から皇妃様を丁重に連れて来るように指示を貰っているからな」
揶揄うように言ってくる兄に苦笑する。
どうやら兄が付き合ってくれているのはレオンスの指示らしい。おそらく警備をお願いしているのだろう。
「その皇帝様は緊張されているのでしょうか?」
「あいつの場合は緊張よりも高揚が先行してそうだけどな。浮かれていそうだ。なにしろ長年好きでいる相手と結婚出来るんだから」
さらりと返されるがレオンスならあり得ることだ。
そういえば兄はいつからレオンスの気持ちを知っていたのだろうか。今後聞く機会が少なくなりそうなので尋ねてみることにした。
「ジェイドお兄様はいつからレオ様の気持ちを知っていたのですか?」
「いきなりだな…」
「今後聞く機会がなくなりそうなので今聞いておいた方が良いかなと思いまして」
私の言葉に兄は苦笑いを見せた。
「レオがアリアと出会った直後から知ってたよ。あいつ、アルディ王国から帰ってくるなり俺を呼び出してお前が好きだって言い始めたんだ」
狂ったのかと思ったよ。
遠い目をして呟く兄に今度は私が頰を引き攣らせた。
レオンスが私を好きになったのは五年前。当時の私はオディロンと婚約していた。それは兄も知っていることだ。友好国の王太子の婚約者を好きだと言い始めたら狂ったと思っても仕方ない。
「おまけに半ば無理やり協力者にさせられるし…」
「協力者ですか?」
「ああ、レオにアリアを妃にしたいから準備を手伝うように言われたんだ。生きてきた中で一番酷い無茶振りだったよ」
他国の王太子の婚約者を奪う協力者にさせられるのは酷い無茶振りだ。
きっと大変な目に遭ったのだろう。
苦い顔を見せていた兄は次第に表情を柔らかいものにしていく。
「ただレオがアリアに惚れていてくれたおかげでアリアの窮地を助けられたんだけどな。そう考えるとあの無茶振りも悪いものじゃなかったと思うよ」
「そうですね…」
あの場にレオンスが来なければ私は今の幸せな生活を送れていなかったのだろう。
「アリア、もしレオが助けに行かなかったらどうするつもりだったんだ?」
「一人でのんびりと暮らそうかなと思っていました」
断罪されて森の中に放置された時ぼんやりと考えていたのは自由にのびのびと生きることだった。今となってはもう叶わない考えだ。
別にどうしても叶えたかったわけじゃないし、今の幸せな生活を知ってしまうとレオンスに助けられて本当に良かったと思う。
「ただ今はレオ様に助けて頂けて良かったと思います」
「無理やり連れて帰られて問答無用で皇妃にさせられて恨んだりしなかったのか?」
レオンスを恨んだことは一回もない。
持ち帰られた時は変な人だと思っていたけど別に嫌だったわけじゃない。
むしろレオンスの愛情を知れば知るほど側にいるのが心地良くなっていった。彼を幸せにしてあげたい気持ちになっていったのだ。
「レオ様が連れて帰ってくださったおかげで私は幸せな日々を送れているのです。だから恨んだことはありません」
「そうか。それなら良かったよ」
くすりと笑った兄はいつもより優し気な表情を見せた。
「もしもレオがアリアを連れて帰っていなかったら怒り狂った母様がアルディを潰していただろうな」
「それは流石に…」
「言っておくけど俺も父様も怒っているんだぜ。アリアが望まないだろうからやらないけど本当ならアルディを攻め落としたい気分だ」
エクレール公爵家の人達が私を大切にしてくれているのはずっと昔から分かっていたけど、家族になってからは更に愛情深いことを教えてもらった。
私も家族が大切だ。無いとは思うがアルディ王国が私の大切な人を傷つけようとするならば祖国であろうと容赦しない。
「お気持ちは嬉しいです。ですが、無駄な戦は避けてくださいね」
「分かっているよ」
私と兄は本心を隠して笑い合った。
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