第38話 兄の婚約者①
花祭り三日目。出掛ける予定はなかったがある人物からお誘いを受けて帝都に出てきた。
「アリアちゃん!」
大きく手を振って駆け寄ってくる人物に頭を深く下げた。
「お久しぶりですね、リシュー様」
リュシエンヌ・ブリュイヤール。
公爵家の娘である彼女は兄ジェイドの婚約者。二十四歳の彼女とは小さい頃からの知り合いで姉のような存在だ。
さらさらの金色の長髪を靡かせ、新緑の瞳を柔らかく緩めた彼女は挨拶もそこそこに抱き着いてくる。
「本当に久しぶりね。色々と大変だったと聞いているわ」
「もう大丈夫ですよ、気にしていません」
「本当に?アリアちゃんが望むならお姉さんが
流石は破壊魔法を得意とする魔法師一家の娘と言ったところだ。にこにこと穏やかな笑顔を携えながらさらりと酷いことを言ってのける
こういうところはエクレール公爵家の次期夫人に相応しい人物だと思う。
「大丈夫ですよ」
数ヶ月前に同じようなことを言った両親を必死になって止めた記憶が甦り苦笑いになる。
「遠慮しなくて良いのよ?消しに行くならうちのお父様達も喜んで協力してくれるわ」
「本当に平気ですから」
アルディ王国の住民に比べるとフォルス帝国の住民は血の気が多いような気がする。
そしてやろうとすることが怖い。
何度か「大丈夫です」と伝えると渋々ながらも納得してくれるリュシエンヌ。
「消して欲しくなったら言ってね?」
「は、はい…」
笑顔なのに目が笑っていない。
もしかしたらリュシエンヌはエクレール公爵家の人達より止めるのが大変な人かもしれないと思った。
「ところでジェイドは?来てないの?」
「急用が出来たそうです」
「あの馬鹿、婚約者を放置とは良い度胸ね」
「し、仕事みたいですよ」
「ふーん、アリアちゃんが居なかったら一人で花祭りを回る事になっていたのよね。後で説教しなきゃ」
ふふっと笑う声が低いし、抱き締めてくる力がやたらと強い。妙な怖さを覚える。今頃兄は身を震わしているだろうなとぼんやり考えた。
それにしてもリュシエンヌやウラリー、母を見ているとフォルス帝国の女性は男性をお尻に敷く強さを持っている気がする。
私もそうならないといけないのかしら。
「ジェイドの事は後でお説教するとして…。アリアちゃん、私に相談って何かしら?」
「ここでは言い辛いのでお昼ご飯の際に言いますね」
「言いづらい事って恋愛相談かしら?」
引き攣った笑顔がぴたりと固まる。
何故分かったのだろうか。
「あれ?もしかして図星なの?」
どうやら当て推量で聞いてきたらしい。
リュシエンヌのにこにこと優しい微笑みが驚愕のものに変わっていく。
「相手は?やっぱりレオン…」
「リシュー様!その名前をここで出すのはちょっと…」
レオンスという名前は珍しくないがもしもってことがある。慌ててリュシエンヌの口を塞ぐと「そうね」とくぐもった返事が聞こえてきた。
「相手は置いといてアリアちゃんの恋愛相談に乗れる日が来るとは思わなかったわ。お姉さん、嬉しい!」
「あはは…」
「今日は夜通しお話する?」
「いや、それは…」
「しましょうね!是非、私の家に泊まっていって!」
リュシエンヌは普段しっかりしたお姉さんなのに気分が上がると人の話を聞かないところがある。
昔からのことだし、悪気があってやっているわけじゃないから責めるに責められない。
今日のお泊まりは逃げられないだろう。
「揶揄うのはほどほどにしてくださいね」
「あら、私は揶揄ったりしないわ!面白がるけど」
「それもほどほどにしてください」
「分かっているわよ!」
ウインクを送ってくるリュシエンヌ。
今日は早く寝るようにしましょう。
先を歩き始める彼女に小さく溜め息を吐いた。
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