第37話 兄と花祭り④

「お兄様、昨日はなにをされていたのですか?」


聞いても大丈夫だろうかと思いながら尋ねると兄は紅茶を飲む手をぴたりと止めた。


「近頃うるさい虫が多いみたいでね、その調査の一環かな」


うるさい虫というのは本当の虫ではなくどこかの貴族の話なのだろう。兄が調査を任されているとなるとエクレール公爵家に関することに違いない。


「お相手をお伺いしてもよろしいですか?」

「ロゼ公爵家だ」


今度は私の動きが止まった。真っ直ぐ兄を見つめると「どうかしたのかい?」と首を傾げられる。


「ロゼ公爵家がなにかしたのですか?」

「まだ調査中だから詳しくは言えないけど気になることでも?」

「気になると言いますか、少しだけ因縁がありまして」


ロゼ公爵家。

婚約披露式の際レオンスに声をかけていた公爵令嬢の家だ。そして最近私が調べている相手でもある。このタイミングで兄が調べているのは偶然なのかそうじゃないのか。調査についてはレオンスの指示である可能性が高いので偶然ではないのかもしれない。


「因縁?」

「お兄様が気にするようなことではありませんよ」


兄は首を傾げながらも「そうか」と返してくる。

婚約披露式の際の話は聞かされていないのだろうか。ちょっとした出来事だから話す必要もないと判断されたのかもしれない。


「そういえば近いうちにロゼ公爵夫人が大規模なお茶会を催すらしい。おそらくうちにも招待が来ると思う」

「そうなのですか?」


ロゼ公爵家のお茶会。

良い予感はしないのですけど興味はありますね。


「丁度良いから誘われたら参加しようと思っている」


兄が参加したがるのは調査に関わることなのだろう。敵地に一人で乗り込むのは少しばかり勇気がいるが兄と一緒なら心強い。


「もし招待を受けたら私も参加したいのですが」

「アリアが?」

「駄目でしょうか?」

「いや、駄目ではないけど」


純粋に楽しめるお茶会は少ない。

お茶会は基本的に貴族同士の探り合いの場、そして情報収集の場だ。良くも悪くも欲望が蠢いている。そのこともあって私はお茶会を好まない。それは兄も知っていることだ。

明らかに怪しい雰囲気のあるお茶会に私から参加したいと言ったことが意外だったのだろう。


「参加したがるのはさっき言っていた因縁が関わっているのか?」

「それもありますね」

「あまり危ない真似はしないでくれよ。アリアに何かあったらレオが大暴れするぞ」

「それは避けたい話です」


レオンスが大暴れするのは本当に良くない。ただ私は守られるだけの存在ではいたくないのだ。自分も戦うことが出来ると相手に教えなければならない。


「お兄様が一緒に行くのです。問題はないでしょう」

「僕への負担が凄そうだな」

「負担をかけるつもりはありませんよ。出来る限りは自分でどうにかします」


笑顔を見せれば引き攣った表情を返される。

ロゼ公爵家のお茶会で私がなにかやらかすと思っているのでしょう。

私は出来るだけ平穏な暮らしを望みます。喧嘩を売られたら買いますが自分から喧嘩を売るような真似はしないのに。


「全く。変わったと思っていたけどそういう強いところは昔と同じだ」

「人間そう簡単に変わるものではないでしょう」

「それもそうだね」


国から追い出されるという酷い仕打ちを受けたせいで精神面は強くなった気がするがそれを兄に伝える必要はないだろう。


「約束通り屋敷に帰ったらこの国の貴族について色々と教えてあげよう」


私の知りたがっていることに気がついたのだろう兄は笑顔で言ってくる。


「是非お願いします」


笑い合う私達は第三者から見れば真っ黒な笑みを浮かべていたと思う。

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