第36話 兄と花祭り③

兄のおかげでレオンスへの贈り物は無事に決まった。

買い物に付き合って貰ったお礼として約束通り兄に食事を奢ろうとレストランに入った。


「レオ様に喜んで貰えると良いのですけど…」


個人的には良い物を買えたと嬉しい気持ちでいっぱいだけど本人が喜ぶかどうかは別問題。

優しい彼のことだ。表向きでは喜んでくれるだろうし、私と会う時は身に付けてくれると思う。

ただ本心は分からない。

って渡す前から不安になってどうするのよ。

一人悶々と考えていると兄から突き刺すような視線を感じる。


「アリアってレオが好きなのか?」


危うく飲んでいた紅茶を吹き出すところだった。

どうしていきなり私がレオンスを好きかという質問になるのだ。


「い、いきなりどうしたのですか?」

「純粋な疑問だ。レオがアリアを好きなのは知っているがアリアがどう思っているのかは知らないからな」


兄の話によればレオンスとの友人関係はもう十五年以上になるらしい。

一番の親友と呼べる間柄である二人。

レオンスの気持ちを兄が知っていても不思議ではないのだ。


「その様子だとレオの一方的な片想いってわけじゃなさそうだな」


そう言った兄は安心したように笑う。

どうやらレオンスのことを心配していたらしい。


「レオ様のことは好きです…。ただ自分の気持ちが恋と呼べるものか分からなくて」


多くの人が幼い頃に経験する初恋。

私はそれを知らずに育った。恋というものがどういうものなのか知らない私はレオンスへの気持ちを恋と呼ぶことが出来ないのだ。

素直な気持ちを吐露すると兄は盛大な溜め息を吐いた。


「恋と呼べるか分からない、ねぇ…」

「し、仕方ないじゃないですか」


こんなことならアルディ王国に居た頃に好きな人を作れば今悩まなかったのに。

ただオディロンに貴重な初恋を捧げなくて良かった。あれを好きになっていたらフラれたショックでアルディ王国を滅茶苦茶にしていた自信がある。


「アリアの気持ちはアリアのものだから俺には決められないよ」

「そうですよね…」

「それにしても初恋がまだって…昔俺と結婚すると言ったのは好きだったからじゃないのか」


落ち込み始める兄に苦笑いを向ける。

十二年くらい前の話を今頃になって持ち出さないで欲しい。そもそもあれは「大きくなったら俺と結婚しようか」という提案に対する答えであって自発的に言ったわけではないのだから。


「ジェイドお兄様のことは好きですけど家族としての好きなので」

「お兄ちゃん寂しい」

「変なことばかり言ってるとお兄様の婚約者に伝えますよ」


兄の婚約者はなかなかに逞しい人だ。

この件を伝えたら笑顔で兄をしばきに来るだろう。

それが分かっているのか「それだけはやめてくれ」と真顔で返された。


「俺としては面白いからどっちでも良いけど早く自分の気持ちが分かると良いな」

「そうですね…」


八割くらい答えは見えているような気がするけど。

それにしても恋愛相談を兄にすることになるとは思わなかった。普通は同性同士でするものだろう。信用出来る友人が居ないので仕方ないけど。

誰か信用出来て、恋愛経験のある女性は居ないだろうか。

ふと兄を見ると彼の婚約者の顔が浮かぶ。

義理の姉となる人だし、幼い頃からの知り合いだ。


「ジェイドお兄様、リュシー様は今どちらに?」

「もうすぐ帝都に来ると思うぞ。アリアに会いたいと言っていたし」

「そうですか」


どうやら会いたいと思った人物にはすぐに会えそうだ。

是非、相談させて貰いましょう。

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