第36話 兄と花祭り③
レオンスへの贈り物が無事に決まったところで遅めの昼食をいただくことにした。
「レオ様に喜んでいただけると良いのですけど…」
個人的には良い物を買えたと嬉しい気持ちでいっぱいだけど本人が喜ぶかどうかは別問題。
優しい彼のことだから表向きでは喜んでくれるだろうし、私と会う時は身につけてくれると思う。ただ本心は分からない。
って渡す前から不安になってどうするの。
一人悶々と考えていると兄から突き刺すような視線を感じる。
「アリアってレオが好きなのか?」
危うく飲んでいた紅茶を吹き出すところだった。どうしていきなり私がレオンスを好きかという質問になるのだ。
「い、いきなりどうしたのですか?」
「何か意図があって質問したわけじゃないんだ。ただレオがアリアを好きなのは僕も知っているけどアリアがあいつをどう思っているのかは知らないから」
兄の話によればレオンスとの友人関係は幼い頃から続いているものらしい。
一番の親友と呼べる間柄である兄が彼の気持ちを知っていても不思議ではないのだ。
「その様子だとレオの一方的な片想いってわけじゃなさそうだね」
そう言った兄は安心したように笑う。
どうやらレオンスのことを心配していたらしい。
「レオ様のことは好きです…。ただ自分の気持ちが恋と呼べるものか分からなくて」
多くの人が幼い頃に経験する初恋。
私はそれを知らずに育った。恋というものがどういうものなのか知らない私はレオンスへの気持ちを恋と呼ぶことが出来ないのだ。
素直な気持ちを吐露すると兄は小さく溜め息を吐いた。
「恋と呼べるか分からない、ねぇ…」
「仕方ないじゃないですか。今まで誰かを好きになったことなかったんですから」
「アリアを縛りつけていた元婚約者は塵だったしね」
にこりと笑う兄から感じる怒りは見ないふりをした。
もしアルディで恋を知っていたら今こんなに悩まなかったのに。それでも元婚約者であるオディロンに初恋を捧げなくて良かった。あの人を好きになっていたら婚約破棄をされたショックで祖国を滅茶苦茶にしていたはずだから。
「アリアの気持ちはアリアだけのものだ。僕には決められないよ」
「そうですよね…」
「落ち込まなくても大丈夫だよ。いつかその気持ちに名前をつけられる日が来るから」
静かに笑いながら紅茶を飲む兄は私の気持ちを見透かしているかのように思えた。
「しかしアリアがレオと結婚か、人生分からないものだね」
「私もこんなことになるとは思いませんでした」
私の一生はアルディだけに捧げられると思っていたのに。本当になにがあるか分からないものだ。
「アリア、僕と結婚すると昔言っていたのに」
「な、何年前の話をしているんですか…」
落ち込み始める兄に苦笑いを向ける。物心ついた頃の話を今になって持ち出さないでほしい。
そもそもあれは「大きくなったら僕と結婚しようか」という兄の提案に対しての答えであって自発的に言ったわけではないのだから。
「お兄様のことは好きですけどそれは家族としての好きなので」
「あーあ、お兄ちゃん寂しい」
「変なことばかり言ってるとお兄様の婚約者に伝えますよ」
兄の婚約者はなかなかに逞しい人だから。この件を伝えたら笑顔で彼をお仕置きしに来るだろう。それが分かっているのか「頼むからそれだけはやめてくれ」と情けない表情を見せた。
「は、早く自分の気持ちが分かると良いな」
「そうですね」
答えは見えているような気がするけど。
恋愛相談を兄にする日がくるとは思わなかった。こういうのは同性でするものだと思っていたから。私の場合は信用して話せる友人がいないから仕方ないのだけど。誰か信用出来て、恋愛経験のある人はいないだろうか。
兄を見て思い浮かんだのは彼の婚約者の顔だった。義理の姉となる人だし幼い頃からよくしてもらっているあの人なら話せるかもしれない。
「お兄様、リュシー様は今どちらに?」
「領地いるけどもうすぐこっちに来るよ。彼女もアリアに会いたがっているから」
どうやら会いたいと思った人にはすぐに会えそうだ。
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