第35話 兄と花祭り②
「昨日より人が多いですね」
帝都に向かうと明らかに昨日より観光客が多くなっていた。
「花祭りは三日目が盛り上がるからな。明日はもっと凄い事になるぞ」
「そうなのですね」
「逸れないように手を繋ぐか?」
差し伸べられた手に自分のそれを重ねようとしたところでぴたりと動きを止めた。
『私以外の他の男に触れさせるな』
昨日の帰り道レオンスから言われた言葉を思い出す。
「アリア?」
「すみません。手を繋ぐのはちょっと…」
昨日の今日で約束を破るわけにはいかない。
隠すように自分の手を握り締めていると兄から感じるのは呆れたような視線だった。
「レオが原因か」
「えっと、その……はい。そうです」
誤魔化しても仕方ないと思って素直に答えると兄は苦笑いを浮かべた。
「仲が良いのは喜ばしい事だけと折角出来た妹があっさり奪われると微妙な気分だな」
「すみません」
「アリアが悪いわけじゃない。無駄に独占欲が強いレオのせいだ」
独占欲が強いのは私も同じですけどね。
兄が騒ぎそうなので声には出さなかった。
「手は繋がない。逸れないように気を付けろよ」
「子供じゃないのですから大丈夫ですよ」
「俺から見たら子供だよ」
揶揄うように笑って歩き出す兄の後ろをついて行く。
「どこに行く?目的があって来たんだろ」
「昨日レオ様にネックレスを買って貰ったのですが私からはなにも返せていなくて…。だから贈り物を探そうかと」
「貰うだけ貰っておけば良いのに」
「そういうわけにはいきません」
一方的に贈り物をされるのは貴族としての矜持に関わる。それに私が贈った物をレオンスにも身に付けて欲しいのだ。
レオンスが何を好むか知らないので彼の友人である兄が来てくれたのは良かった。
「ジェイドお兄様、レア様になにを贈ったら良いと思いますか?」
「あいつはあまり装飾品を身に付けないぞ」
「……男性ですからね」
そういえば舞踏会以外で装飾品を身に付けているところを見たことがない。
もしかして贈ったら迷惑なのかしら。
焦っていると「でも」と言葉を続ける兄が居た。
「アリアから、好きな人から貰った物なら身に付けるかもしれないな」
「そうでしょうか…」
「あいつの事だから喜ぶよ」
レオンスの友人である兄が言うのだから信じても良いかもしれない。
ほっと安心していると「仕方ないから贈り物探しに付き合ってやるよ」と笑顔を向けられた。
「その代わり俺にも何か贈ってくれ」
「他の女性から贈り物をされたら婚約者の方が傷付くのでは?」
「妹からの贈り物に嫉妬するとは…」
「私だったら嫌ですけど」
家族であろうと他の女性が婚約者に贈り物をしていると考えたら悶々としてしまう。
私の言葉に兄はぴたりと動きが固まった。
「そういうものか?」
「あくまでも私の話ですよ」
「……飯でも奢ってくれ」
「分かりました」
ご飯くらいならレオンスも嫉妬しないよね?
出掛けているだけで嫉妬されそうな気がするが気のせいということにしておいた。
「それで何を贈りたい?」
「出来るなら指輪が良いですけどサイズを知らないので無理ですね」
「指輪は男としての矜持が傷付くからやめておけ」
「そうですか…」
男性の思考は分からないが協力してくれると言っているのだから変な嘘はつかないだろう。
それに女性が男性に指輪を贈る文化はフォルス帝国に存在しない。
アルディ王国にはあったのですけどね。
「ネックレスを貰ったんだ。同じ物を返せば良いだろ」
「そうですね」
流石にハート型は贈れないので男性でも付けられるデザインを選ばなければいけない。
「頑張ってレオ様に喜んで貰える物を選びますね」
「そうだな」
何故か生温かい視線を送られた。
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