第12話 母との会話

帝都にあるエクレール公爵家の屋敷は皇城から馬車で一時間もかからないところに存在している。

何度か訪れたことのある場所なので驚きはしないが今日から自分の家だと言われると違和感を覚えてしまう。

屋敷の中に入ると母から案内を受けたのは私の部屋だった。

そこはアルディ王国にあるサジェス公爵家の自室によく似ており、非常に落ち着くのだけど…。


「いつからこの部屋を用意していたのでしょうか?」

「一年くらい前からよ。陛下にお願いされてね」


一年前って…。

本当に用意周到なのね。


「さて、アリア。そこに座りなさい」


母が指を差したのは窓際にある真っ白なソファ。

説教が始まるのだろうと大人しく腰掛けると隣に座った母から抱き締められる。予想外のことに驚いていると頭を撫でられた。


「あ、あの、お母様?」

「貴女がアルディを追い出されたって聞いた時は心臓が止まるかと思ったわ。生きていてくれて良かった」


昔から大切にされていることは知っていたけど、ここまで心配してもらえるとは思わなかった。


「私が罪を犯したとは思わないのですか?」

「当たり前でしょう。陛下から報告を貰った時点で貴女が嵌められた事は分かっていたわよ」

「お母様…」

「だからこそあの馬鹿達が許せないのよね。本当にどうしてあげようかしら」


ふふ、と耳元で聞こえる笑い声が怖い。

そのうち単身でアルディ王国を潰しに行くのでは?と思ってしまう。


「でも、アリアが私達の娘になってくれたのは良かったわ。その点だけは感謝しないとね」

「そうですね。私もお二人に引き取ってもらえて嬉しいです」


小さい頃はよく二人の子供であったらと思っていたけど十年以上経ってから叶うことになるとは。

人生なにがあるか分からないものだ。


「でも、引き取る前に男性と同衾していたのは頂けないわね」


ほのぼのした空気が一変した。

身体を離して見つめてくる母の笑顔は身の危険を感じさせるものだ。

逃げ出したいところだけど強めに握られた手からは逃さないという気迫が伝わってくる。


「お願いする陛下も陛下だけど、受け入れちゃうアリアも悪いわよね」

「は、はい…」

「私はレイモンみたいに婚前交渉が絶対に駄目とは言わないわ」


言わないの?と思うが考え方は人それぞれだ。それに口を挟むと怒られそうなので黙っておくことにする。


「でもね、あまり話した事がない人と同衾するのは良くないわよね?」


ごもっともなお叱りだ。

返す言葉がない私に母は話を続ける。


「それとも前から陛下が好きだったとか?それなら許してあげるけど」

「い、いえ…」


お持ち帰りされる前のレオンスへの印象は強そうな人ぐらいだった。特に好きとかそういう感情はない。そもそも婚約者が居たのだから他の人に目移りするわけがないのだ。

オディロンの方は目移りしたみたいだけど。


「全く…。これからは気をつけなさい。陛下は長年の初恋を拗らせている面倒な人なの。気を抜いたら食べられちゃうわよ」


ウラリーのようなことを言う母に苦笑いで頷いた。

これで説教は終わりなのかしら。

思ったよりも短く済んだと喜んだのも束の間、立ち上がった母が満面の笑みを見せてくる。


「アリア、動きやすい服に着替えたら庭に出なさい」

「え?」

「久しぶりに魔法の稽古をつけてあげる。服はクローゼットの中に用意してるから急ぎなさいね」

「お、お母様?」


じゃあね、と部屋を出て行く母に呆然とする。

不味いわ…。

あの笑顔から察するに倒れるまでみっちりと稽古をさせられる。むしろ倒れてもやめてもらえるかどうか分からない。

どうやら魔法を使った説教が始まるみたいだ。


「明日ベッドから起き上がれるかしら…」


深い溜め息を吐いた。


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