第15話 婚約披露式の日です①

フォルス帝国に来て一ヶ月が経った今日催されるのは私とレオンスの婚約披露式だ。


「アリアちゃん可愛いわ〜!」


エクレール公爵家の屋敷に響いたのは母の喜びに満ちた声だった。

私が身に纏っているのは婚約者であるレオンスから贈られてきた白銀のマーメイドドレスだ。上質な生地で職人が丹精込めて縫い上げた極上と呼べる逸品。所々に散りばめられた黒曜石はレオンスの髪色を表しているらしい。


「私が用意したドレスを着てもらえなかったのは残念だけどこれはこれで最高ね!」


私に着せるドレスで揉めたのは母とレオンスの二人。どちららが最高のドレスを用意出来るかで競っていたみたいで最終的にレオンスに軍配が上がったらしい。私としては母が用意してくれた藍色のドレスも捨てがたかったのだけど今日着ることが出来るのは一着のみ。母が用意したのはまた別の機会にでも着させてもらうことにする。


「ドレスが素敵過ぎて…。私着られてませんか?」

「何言ってるのよ!私に似て美人なんだから自信持ちなさい!」


実の母と義理の母は双子の姉妹。だから確かに似ているのだけど。

私はお母様ほど美人ではありませんよ。


「とても綺麗だぞ、アリア」

「お父様…。本当に似合っていますか?」

「あぁ、勿論。嫁にやりたくないくらいだ」

「陛下が聞いたら泣いてしまいますよ」

「泣かせておけば良いんだ、あんな男」


お父様は実の娘のように私を可愛がってくれている。だから結婚までの期間が短いことに不満を持っているらしく。よくこうやってレオンスの居ないところで嫌味を言っている。


「ジェイドも来れたら良かったのに残念ね」

「そうだな、かなり悔しがっていた」


ジェイドとはエクレール公爵家の嫡男。つまりは私の義理の兄にあたる人。

こっちに来てから手紙でしかやりとり出来ていなかったから今日会いたかったのだけど公爵領ですぐに解決しないといけない事案が発生した為、急遽来れなくなってしまったのだ。


「私もお会いしたかったです」

「向こうが落ち着いたら来ると言ってたし、すぐに会えるわ」

「きっと飛んで戻って来るぞ」


飛んで戻って来るって物理的にじゃないですよね。流石のお兄様もそこまではしないと信じたい。


「それでは行こうか」

「はい」


皇城に到着すると本日招かれている貴族たちの馬車が列を成していた。

急遽だったのにかなりの人数が来ているのね。

招待客は全員覚えたつもりだけどもう一度見直した方が良さそう。


「アリアーヌ様、お待ちしておりました」


両親と別れたあとはクロエと一緒に他の貴族たちの邪魔にならないよう裏門に回り込む。そこには私が来るのを待っていた人物がいた。

レオンスの右腕として活躍しているレナールだ。

彼は貴族出身ではなく路上生活していた孤児だった。たちの悪い貴族に目をつけられて抵抗のために魔法を使った場面を偶然視察に来ていたレオンスに見られ魔力の高さを理由に拾われたのだ。助けてもらった恩から彼には絶対服従の精神を見せている模様。レオンスが私を婚約者にする件で裏で色々と活躍した苦労人の一人らしい。初めて会った時は「よくぞ来てくれました」と泣かれたのがとても印象的だった。


「とてもお綺麗です。陛下より先に見てしまったのが申し訳ないくらいに」

「ありがとう。とても嬉しいわ」

「こちらで陛下がお待ちです」


レナールに案内を受けた控室で待っていたのは勿論婚約者だった。


「アリア、待っていたぞ」


部屋に入るなり抱きしめてくるレオンスを受け止める。すっかり彼の行動パターンが読めてしまうようになった。


「いつも美しいが今日のアリアはより一層綺麗だな」

「お世辞でも嬉しいです」

「世辞じゃない。誰にも見せたくないくらい今宵の君は美しい」


それを言うのなら今日のレオンスも一段と素敵だ。漆黒の軍服はいつもと変わらぬ姿だが彼の瞳によくあった黄金の飾緒を始めとする豪華絢爛な装飾品の数々。一着で領土一つ買えそうなくらいだ。


「レオ様もとても素敵です」

「誰にも見せたくないか?」

「そうですね。今日の式を辞めますか?」

「駄目だ。誰にも見せたくないが私の妃になる娘だと自慢したい気持ちもある」


冗談に真顔で返されると思わなかった。

固まっている私を抱きしめ直したレオンスは周りで顔を赤くしていた人たちに声をかける。


「式が始まるまで二人きりにしろ」


レオンスが指示を出すと案内してくれたレナールや後ろに控えていた侍女たちが一斉に部屋を出て行く。勿論クロエも出て行ってしまう。

普通なら今日みたいな特別な日は二人きりになるを避けるべきなのだけど皇帝の権限なのかあっさりと二人きりにされてしまうことに苦笑した。

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