第16話 婚約披露式の日です②
「アリア」
愛おしそうに名前を呼ばれて更に強く抱きしめられる。お返しにと背中に腕を回すと嬉しそうに笑う声が耳元に響く。
「こういう事をするのに少しは慣れたか?」
「慣れてるように見えますか?」
「最初の頃よりは」
初日よりは慣れたと思うけどやっぱり少し恥ずかしい。
レオンスとは会う度に愛を囁かれるし、約束通りにキスを交わしている。毎日のように届く贈り物や花束で部屋の中はもういっぱいだ。
彼から与えられる強い愛を私はまだ全て受け止めきれていない。
「レオ、少し離れてください…」
「嫌だ」
顎を掴まれ顔を上に向かされる。至近距離で見つめてくる金色の瞳が言いたいことが分かってしまう。
「キスしても良いか?」
律儀な性格なのかレオンスは毎回キスの許可を取ることを怠らない。一日一回という約束もしっかり守ってくれている。
でも、最近の私はどうにもおかしい。
「はい…」
ゆっくりと近づいて重なる唇。角度を変えて何度も何度も啄まれる。ちゅ、ちゅっと短い音を立てながら繰り返されるキスは気持ちが良い。
唇の感触、熱くなった吐息、頭や背中に回された大きな手、密着した体全てから私を好きだって気持ちが伝わってくる。それが心地良い。
離れないように大きな背中に腕を回して、少しだけ爪先立ちになってキスをする。
「ん、んっ…」
数えきれないほどの啄みが終わったところで離れていくレオンス。すっかり息も絶え絶えになり力が抜けてしまった私は彼の鍛え上げられた身体にもたれかかった。
「座るか?」
「お願いします…」
当然のように抱き上げて運ぶレオンスは横抱きのまま私を膝に乗せてソファーに腰掛けた。
最近の私はやっぱりどこかおかしい。一日一回までと制限をかけておいてそれだけでは物足りなく感じてしまっている。
「アリア、そんな顔をされたら約束を破りたくなるだろう」
「え?」
「物足りないという顔をしている」
まるで思っていることを見透かされたような気がして恥ずかしくなる。露骨に表情を変えたら肯定しているのと同じだと分かっているのに今は管理が上手く出来ない。
本当に物足りないんだもの。
「すまない。後で叱ってくれても、氷漬けにされるのも全て受け入れる。だからもう少しだけ…」
君が欲しい。
切羽詰まったような声が響いた後もう一度私たちの唇が重なった。さっきよりも強引に、それでいて熱くて優しいそれに物足りなさが少しずつ消えていく感覚がする。
「んんっ、ふっ…」
気持ち良い。もっとたくさんしてほしいのに。
いっそのこと約束を解いてしまいたかった。でも、恥ずかしくて自分から言い出せない。レオンスにキス一つで喜ぶ軽薄な女だと思われたくないから。本心を伝えられない代わりに彼の首に腕を回してキスに応える。
「んっ、んぅ…」
空気を吸いたくて開いた唇の隙間からぬるりとしたものが入り込んで来る。熱くて柔らかいそれは奥に逃げ込んでいた私の舌を見つけ出して絡みついてきた。
なに、これっ…。
驚き戸惑う私を他所に入り込んでいたそれは好き勝手に口内を荒らしてくる。呼吸も意識も奪う熱いそれに耐えきれなくなった私はレオンスを無理やり引き剥がした。
「はぁっ…はぁ…。な、なに、してるんですか…」
息を整えながら見上げたレオンスの瞳は完全に飢えた獣のそれだった。ぺろりと自身の唇を舐めてじっと見据えて来る姿に食べられるんじゃないかと背筋がぞわりと粟立つ。
「アリア…」
艶やか声で名前を呼ばれ、熱を帯びた手のひらで頬を撫でられて顔を近づけられる。彼を拒否する考えは浮かんでこなかった。再び重なった唇はしっとりと濡れており、変な感触がするが嫌じゃない。ぬるりと入り込んできた彼の舌が上顎を掠り「んぁっ…」といやらしくはしたない声が漏れた。薄く目を開くと黄金がゆるりと細められ、口の中が激しく蹂躙される。
「…っ、んっ…はぁっ…ぁ…」
息が苦しいのに、舌が絡むたび気持ち良くて理性が溶かされる。気がつけば自分からも動きを合わせて彼を求めていた。腕を回し合って密着していた体を更にくっ付けて獣が如く貪り合う。
あ、化粧…。
ぼんやりとした頭で考えたのは綺麗に施してもらっている化粧のことだった。薄っすらと汗を掻き、自然と出てきた涙やキスの合間から溢れ出た唾液のせいでぐちゃぐちゃになっているだろう。どうしようかと思っているとより一層激しくなるキス。
「はっ…。今は俺に集中してくれ」
「え、んんっ……んぅっ…!」
俺?
レオンスの一人称は『私』じゃなかったっけ。
考えようとするが目の前の捕食者のせいでぐちゃぐちゃになった思考ではまともに考えられない。結局人が呼びに来るまで私たちの唇が離れることはなかった。
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