第15話 婚約披露式の日です③

「これから披露式だというのに何をされているのですか…」


レナールにお願いされて私達を呼びに来たウラリーが呆れた声を出した。

激し過ぎる口付けによってぐったりしている私を抱きかかえたレオンスが気不味そうに目を逸らす。どうやら先程まで失っていた理性を取り戻したようだ。


「今日のアリアは一段と可愛らしい。可愛過ぎるアリアがいけない」


人のせいにしないで欲しい。

弱々しく彼を睨み付けているとウラリーな表情が更に呆れたものとなる。


「明らかに陛下が悪いように見えますが?どうせ美しく着飾ったアリア様の色香に耐えられず理性を捨てて貪ったのでしょう」


む、貪るって。当たっているけど、人から言われるのはちょっと…。

恥ずかしくなり縮こまっている私を置いて二人は会話を続ける。


「良いですか?手が早いと軽い男だと思われて嫌われてしまいますよ」

「なっ」

「身体目当てだと勘違いされる可能性を考えてもっと理性的な行動を取ってください」

「あ、アリア、違うぞ!私は決して身体目当てでお前を娶りたいわけじゃない!」


ウラリーの言葉に慌てたレオンスが焦った表情で見下ろしてくる。

猛獣の目をしていた時と打って変わって捨てられそうな子犬のような彼にくすりと笑ってしまう。

手を伸ばして彼の頬を撫でた。


「分かっております」

「本当か?」

「ええ。ですが、その、先程みたいな激しいことは、前もって言ってもらえると…」


初めてのことで心の準備が出来ていなかった。

私も最後は理性を手放して与えられる快楽に身を任せていたのであまり彼に対して強く言えないのだけど。

頰に添えた私の手のひらにキスを贈り、見つめてくるレオンスは優しい瞳をしていた。


「すまない。いい大人がやることじゃなかったな」

「いえ…。受け入れたのは私ですから」

「しかし年上として情けなかった。次からは気をつけるようにする」


驚き戸惑いはしたけど別に嫌じゃなかった。

しばらく見つめ合っているとゴホンと大きな咳払いが聞こえてくる。ウラリーから発されたものだった。


「陛下、一度部屋の外に出てもらえますか?」

「何故だ?」

「どこかの誰か様がアリア様を乱したせいです。今の色気ダダ漏れのアリア様を人前に出させる気ですか?」


息は整ったが赤くなりっぱなしの顔は化粧が剥がれ落ちている。綺麗に纏っていた髪もぐちゃぐちゃ。ドレスも少し肌蹴てしまっている。

色気があるのかはともかくとして今の私は淑女には程遠い格好をしていた。

私の姿を確認したレオンスは顔を赤くする。


「駄目だな。乱れたアリアを見ていい男は私だけだ。ウラリー頼むぞ」

「畏まりました。待っている間、陛下は反省でもしていてください」

「わ、分かっている」


レオンスは私をソファに下ろすと申し訳なさそうな顔をして部屋を出て行った。


「全く陛下は…」


呆れた声を出すウラリーに苦笑いをする。

皇城に仕える全員と話したわけじゃないので分からないがおそらく皇帝であるレオンスに厳しく当たれるのは彼女だけだろう。


「アリア様も嫌な事は嫌と言って良いのですよ?」

「えっと…」


嫌じゃなかったんです。とは言いづらい。

笑って誤魔化している間にウラリーは私の身なりを整えていく。相変わらずの手際の良さに脱帽する。

あっという間に身支度を終わらせて貰い部屋を出ると扉の側で落ち着かない様子のレオンスがいた。


「もう乱さないでくださいね」


それだけ言うとウラリーは立ち去っていく。

忠告を受けたレオンスは落ち込んだ表情を見せた。


「すまなかった」

「そう何度も謝らないでください」


謝罪している姿を誰かに見られたら皇帝の威厳に関わってくる。私はともかく国の主たる彼が悪く言われるのは耐えられない。

私の言葉にレオンスは「分かった」とぎこちない笑顔を見せた。


「そうだ。これを付けてほしい」


差し出されたのはレオンスの瞳と同じ金色の魔法石が嵌った指輪だった。よく見ると魔法石には強い結界魔法が込められている。少しでも魔力を流せばこの辺り一帯に結界が張れるだろう。


「自分の身は自分で守れますよ?」

「それくらい分かっている。結界魔法はおまけだ。ただ私の贈った指輪を身に付けていてほしいだけだ」


皇帝の、しかも大陸最強と言っても過言ではない魔法師の結界魔法がおまけって…。

他の人が聞いたら卒倒してしまうだろう。


「アリア、付けてくれるか?」

「レオが望むなら」

「ありがとう」


お礼を言ったレオンスは指輪を私の左手薬指に嵌めた。

ここは結婚指輪をする場所じゃなかったっけ。


「婚約指輪だと思っておけ」


なるほど、そういうことか。

それなら断るわけにもいかないと指輪を受け取ることにした。


「分かりました。ありがとうございます」

「では、行くとするか」


差し出された手に自分のそれを重ねた。

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