第17話 婚約披露式の日です③

「これから披露式だというのに何をされているのですか…」


レナールにお願いされて私たちを呼びに来たウラリーが呆れた声を出した。その後ろには見てはいけないものを見てしまったかのような反応をするクロエの姿がある。激し過ぎる口付けによってぐったりしている私を抱きかかえたレオンスが気不味そうに目を逸らす。

唇溶けちゃうかと思った…。

まだキスの最中のふわふわした気持ちが残っていて顔どころか全身の熱がなかなか引いてくれない。


「アリアが可愛過ぎるのがいけないのだ」

「私のせいにしないでください…」


止めなかった私にも非があるけど圧倒的にレオンスが悪いに決まっている。弱々しく彼を睨みつけているとウラリーな表情が更に呆れたものとなった。


「明らかに陛下が悪いように見えますが?どうせ美しく着飾ったアリア様の色香に耐えられず理性を捨てて貪ったのでしょう」


間違ってはいないと思うのだけど人から言われるのはちょっと…。それにもう少し言い方を考えてほしいわ。

恥ずかしくなりレオンスの腕の中で縮こまっている私を置いて二人は会話を続ける。


「良いですか?手が早いと軽い男だと思われて嫌われてしまいますよ」

「なっ」

「体目当てだと勘違いされる可能性を考えてもっと理性的な行動を取ってください」

「アリア、違うぞ!私は決して体目当てでお前を娶りたいわけじゃない!」


ウラリーの言葉に慌てたレオンスが焦った表情で見下ろしてくる。猛獣の目をしていた時と打って変わって今にも捨てられそうな子犬のような彼にくすりと笑ってしまう。手を伸ばして彼の頬を撫でた。


「分かっております」


ちゃんと分かっている。レオンスはいつだって私の気持ちを聞いてくれるから。

それにさっきのはやっぱり私も悪いもの。

物足りないって考えを顔に出してしまったし、途中からは与えられる気持ち良さに溺れていた。


「本当か?」


心配そうに見下ろして来るレオンスに小さく頷いた。


「いつも言っていますが嫌ではないんです。ただ…その、さっきのような激しいことは前もって言ってもらえると…」


初めてのことで頭の中がぐちゃぐちゃになってしまった。もう少し理性的になりたかったのにされるがままで、まるで獣にでもなったような気分だったのが今となっては恥ずかしさで死にたくなる。

頰に添えた私の手のひらにキスを贈り見つめてくるレオンスは優しい瞳をしていた。


「すまない、君が愛おし過ぎてやり過ぎてしまった。約束も破ってしまったし罰ならいくらでも受けよう」


キスは一日一回という約束をしっかり守ってくれていたレオンスを誘ってしまったのは私だった気がするけど。だから罰を受けるべきなのは私なのに。


「受け入れたのは私ですから…」

「年上として情けなかったのがいけないんだ。次からは気をつけるようにする。何か罰を考えておいてくれ」

「分かりました…」


思いついた罰は罰とも言えないようなもので、だからすぐに言うことは出来なかった。

しばらく見つめ合っていると大きな咳払いが響く。一部始終を眺めていたウラリーから発されたものだった。


「お二人の仲がよろしいのは結構ですが陛下は一度部屋の外に出てもらえますか?」

「何故だ?」

「アリアーヌ様のドレスをご覧ください」


レオンスの視線がドレスに向かうのを追いかけるように私も自分の格好を見てみた。

ぴったり密着していたせいか皺が寄って少し肌蹴てしまっている。せっかくのドレスが台無しだ。


「おまけに化粧も剥がれてしまっているではありませんか。今の色気がダダ漏れのアリア様を人前に出させる気ですか?」


息は整ったが赤くなりっぱなしの顔は汗やら涙やらで化粧が剥がれ落ちている。綺麗に纏っていた髪もぐちゃぐちゃ。

色気があるのかはともかくとして今の私は淑女には程遠い格好をしていた。私の格好を確認したレオンスは顔を赤くする。


「本当にすまない、やり過ぎた」

「い、いえ…」


あまりこんな格好を見ないでほしい。

自分の身を抱きしめているとソファーにそっと下ろされた。よく見たらレオンスの格好も少し乱れてしまっている。


「レオ様も整えた方が良いですよ」

「そんなに酷いか?」

「酷いというよりも…色っぽいので他の人に見せるのはどうかと思います」


髪が乱れて少し蒸気して赤くなった肌が妙に色っぽく見える。

こんな姿あまり他の人に見てもらいたくない。特に貴族の令嬢たちには。


「今の私を他の人に見られたら嫌か?」

「あまり良い気分にはならなさそうです」

「私は今の君を他の者に見られたら嫉妬でどうにかなりそうだがな」

「もう良いから直してきてください!」


肩を押してもびくともしない。それどころか両手を奪われて見つめられてしまう。


「安心しろ、こんな私を見れるのも君だけだ」

「ウラリーたちが居るではありませんか」


視線をレオンスの後ろに向けると察しの良い侍女たちはすかさず目を逸らした。まるで見ていないと言いたげな様子で。


「見てなさそうだぞ」

「もう…。見られる前に早く直してください」


笑顔で頷いて部屋を出て行くレオンスを見送る。ウラリーから「反省してください」と小言を言われて焦っていたのは少し面白かった。


「全く陛下は…」


呆れた声を出すウラリーに苦笑いをする。

皇城に仕える全員と話したわけじゃないので分からないがおそらく皇帝であるレオンスに厳しく当たれるのは彼女だけだろう。


「アリアーヌ様、嫌なら嫌と言っても良いのですよ。言わないと陛下は分からないので」

「えっと…」


嫌じゃなかったって言いづらいわ。

察してくれたのか助け舟を出してくれたのはクロエだった。


「ウラリー様、今はアリア様の格好を直すのが先ですよ。式まであまり時間がありませんし急ぎませんと」

「そうね。手伝ってくれるかしら」

「はい」


こちらを向いて片目を瞑ったクロエには私の気持ちを見透かされているような気がしてならない。

手腕が確かな侍女二人によってあっという間に元通りにしてもらい部屋を出ると扉の側で落ち着かない様子のレオンスが立っていた。

どうやら言われた通りに一人で反省会をしていたみたいだ。


「もう乱さないでくださいね」


それだけ言うとウラリーは立ち去る。その後ろをクロエが追いかけて行った。忠告を受けて落ち込んだ様子を見せるレオンスの背中に軽く手を添える。


「すまなかった」

「何度も謝らないでください。あなたは皇帝陛下、この国の太陽なのですよ」


謝罪している姿を誰かに見られたら皇帝の威厳に関わってくる。私はともかく国の主たる彼が悪く言われるのは耐えられない。

私の言葉にレオンスは「分かった」とぎこちない笑顔を見せた。


「そうだ。これを付けてほしい」


差し出されたのは銀色の台座にレオンスの瞳と同じ金色の魔法石が嵌った指輪だった。よく見ると魔法石には強い結界魔法が込められている。少しでも魔力を流せばこの辺り一帯に結界が張れるくらいの凄まじいものが。


「自分の身は自分で守れますよ?」

「それくらい分かっている。結界魔法はおまけみたいなもの。婚約指輪としてこれを渡したいんだ」


皇帝の、しかも大陸最強と言っても過言ではない大魔法師の結界魔法がおまけって…。

他の人が聞いたら卒倒してしまうだろう。


「結婚指輪はまた別に用意するからその時まではこれを付けていてほしい」

「レオが望むなら」

「ありがとう」


お礼を言ったレオンスは跪いて私の左手薬指に指輪をそっと嵌めた。


「教えてもらったサイズで作ったがぴったりだな」

「似合ってますか?」

「この色の指輪は君以外には似合わないだろうな」


そう思いたいのはレオでしょ。でもそうであったら私も嬉しいわ。


「さぁ、行こう。君をお披露目する会場へ」

「私たちの婚約お披露目会でしょ?」

「そうだな」


自分が主役だと自覚を持ってもらいたいわね。

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