第16話 婚約披露式の日です④
大帝国の皇帝の婚約式という事で世界各国から賓客が招かれている。
本来ならアルディ王国の王族も招かれるべきである。しかし皇帝であるレオンスが「我が妃を捨てた国の人間を招く必要はない」とばっさり切り捨てたのだ。
主役である私とレオンスが会場内に入ると「ほぉ…」と感嘆の声が所々から上がった。
ちらりと隣に立つ人物を見上げる。
舞踏会用の豪華な軍服姿に整った顔立ちをしているレオンス。やっぱり注目を浴びてしまうのだと一人納得していると彼と目が合った。
「全員がアリアに釘付けだな」
「レオ様を見ているのでしょう?」
「違う。アリアの美しさに惹かれているんだ」
明らかにレオンスを見ているのに。彼は自分の容姿の良さを自覚していないのだろう。
ぼんやりしている間に来客者達より一段上のところに用意された皇族専用の席に到着していた。
レオンスの挨拶から始まり、婚約者である私の紹介、それから婚姻の日取りが正式に発表される。
その間、集まっていた令嬢達からは突き刺さるような視線を貰っていたがアルディ王国に居た頃にも同じような目に遭っている。
笑って流せるのだ。
早過ぎる婚姻に文句を言おうとする人も居たが皇帝に睨まれて口を閉じていた。
「さて、ファーストダンスだ」
まず初めに主役である私とレオンスの二人が踊る。それに続くように招かれた人達が踊り始めるのだ。差し出されたレオンスの手を取り、会場中央まで行く。
流れ始めた曲は最高難易度のものだった。
「予定していた曲と違いますね」
「誰かがアリアに恥をかかせたくてやったのだろう」
「良いのですか?」
「誰がやったのかすぐに分かる。問題ない」
幼い頃から厳しい教育を受けていた。その中には当然ダンスの練習も組み込まれていた。もちろん難易度が高い曲であろうと完璧に踊れるように仕上げている。
ただ今回の場合はレオンスのリードの上手さに楽をさせてもらっている気がするけど。
「そういえばアリアはダンスが得意だったな」
「ご存知だったのですか?」
これまで何度か舞踏会で会ったがレオンスとダンスを踊ったことはない。
「何度も踊りたいと思っていた。これからはたくさん踊ろう」
優しく微笑むレオンスに「そうですね」と笑って返す。踊りながら周囲を見ると一部の人間が呆然とこちらを見ている。
レオンスは鼻を鳴らし、呆れた視線を彼らに向けた。
「どうせ踊れないと思っていたのだろう。馬鹿な連中だ」
「では、彼らが今回の事を?」
「おそらくな。自分達の娘を私に嫁がせようとしていたのに突然現れたアリアに奪われたのが悔しかったのだろう。愚かな事だ」
彼らの側には悔しそうにこちらを睨み付けてくるご令嬢達が立っていた。
流石は美形皇帝。やはり人気があるのだと感心する。
ファーストダンスを終えると会場が歓声に包まれた。次の曲が始まり多くの貴族が中央に出てきてダンスを始める。
「レオンス皇帝陛下!」
一度席に戻ろうとする中で一人のご令嬢がレオンスに話しかけた。
とある公爵家の一人娘であり、レオンスの婚約者の最有力候補であったらしい。ただ彼によると「向こうが勝手に言い回っていただけだ」とのこと。
ちなみに彼女を知っているのは帝国内に住まう貴族全員の名前、顔、爵位を覚えさせられたからだ。
「何だ?」
ぴたりと足を止めたレオンスがご令嬢を睨み付けた。一瞬びくりとする彼女だったが怯まず言葉を続ける。
「ぜ、ぜひ、私と踊って頂けませんか?レオンス皇帝陛下と踊りたいと思っている方は大勢いますの…」
彼女の後ろを見ると十人くらいが一斉に頷いた。
全員が高位貴族のご令嬢達。
自尊心が強そうな彼女達が自分からダンスに誘うとは凄い勇気だ。
どうするのだろうとレオンスを見上げると驚いた。彼はここ一ヶ月で見た事がないほど冷たい表情を見せていたのだ。
「エクレール公爵令嬢も構いませんよね?」
レオンスの様子に気がついていないのか威圧感を放つ公爵令嬢とくすくすと笑うご令嬢達。
どうやら脅せば私が引くと思っているのだろう。全くもって面倒な話だ。
「皇帝陛下が決める事ですわ」
どうせなにを言っても聞く耳を持たない人達だ。
ここはレオンスに委ねた方が良いだろうと彼を見上げた。相変わらず冷たい表情をしている。
「今日は私とアリアーヌ嬢の婚約披露式だ。貴様らと踊るわけがないだろう」
「で、ですが」
「それとお前に私の名前を呼ぶ権利を与えた覚えはない。私の名前を呼んで良い女性はアリアーヌ嬢だけだ」
表情と同じく冷たい声でご令嬢達を突き放すレオンスは私の腰を抱き直し、歩き始める。
「レオ様、良いのですか?」
「構わない」
「ですが…」
後ろを見ると私を睨み付けてくる公爵令嬢がいた。
余計なことをしてこなければ良いのだけど。
面倒なことに巻き込まれる予感しかしないと心が騒めいた。
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