第17話 暗殺者①

婚約披露式から数日後、私は帝都の貴族街に存在する図書館にやってきた。


「少しだけ一人にしてもらえますか?」


レオンスと両親が用意してくれた護衛の人達に声をかけて図書館の奥へ進む。

入り口から一番奥の書棚が並ぶ場所。

どこから見ても死角となっている場所に到着すると私は振り返る。


「なにか用ですか?」


自分の声が静寂に響く。

書棚の影から姿を現したのは一人の男性だった。どこかおどおどした様子の彼は私を殺すように依頼された暗殺者だろう。


「いつから気が付いていました?」

「さぁ」


下手な尾行だったので屋敷を出た時から気がついていた。だからこそ私が一人になれば姿を現してくれると思ったのだ。

にっこりと余裕のある表情を見せれば男は引き攣った顔をする。

暗殺対象者の前であっさりと表情を変えてしまうあたり彼は暗殺には向いていない人間だ。


「誰からの依頼ですか?」

「こ、答えるわけがないでしょう」


小型のナイフをこちらに向けてくる男性。

私が戦うことの出来る魔法師であるという事は知られていないらしい。情報収集を怠るとはやっぱり暗殺者に相応しくない人だ。

さっさと魔法で倒してしまいたいところだけどここは公共施設。皇妃になる人間として壊すわけにはいかない。

面倒だけど場所を変えた方が良さそうね。

床を蹴り上げ、間合いを詰める。こちらから距離を縮められると思っていなかったのだろう。驚き戸惑う男性の体に触れた瞬間に発動するのは転移魔法だ。


「え、えっ…?」


周囲の景色が森に変わったことにより男性は戸惑った顔をする。風魔法で突風を巻き起こす。それなりに優秀な魔法師であれば耐え忍ぶことの出来る魔法。しかし彼は対処が間に合わなかった。あっさりと吹き飛ばされて木にぶつかる。鈍い音が響き、呻き声が上がった。

戦う必要もなさそうね。


「もう一度お聞きしますけど誰からの依頼ですか?」

「いえ…ない」


素晴らしい忠誠心ですね。

執事に転職した方が良いのでは?と思ってしまう。

ゆっくりと近づけば後退りしようとする男。もちろん彼の後ろには木があるので逃げられない。


「あまり手荒な真似はしたくないのですけど…」


指を鳴らせば男性の身体ふわりと浮き上がった。それなりの高さがある木のてっぺん付近まで持ち上がり、そして一気に落ちていく。

地面に着く直前で止めれば泣きそうな顔になる男を冷たく見下ろす。


「話してくれる気になりましたか?」

「それは…」

「今度はもっと高いところから落ちてみますか?誤って殺してしまうかもしれませんが許してくださいね」


脅すように言えば男は焦った様子で「わ、分かった!話す!」と首を縦に振った。

男性を地面に転がせば、腰を引きながら依頼者の名を口にする。


「オロル伯爵令嬢だ!」


オロル伯爵令嬢。

婚約披露式で絡んできた公爵令嬢の後ろに控えていた人達の中に居ましたね。

ぼんやりと彼女のことを思い出している私に「頼むから殺さないでくれ」と叫ぶ男を見据える。

自分は暗殺対象者に命乞いをするとは救いようがないほど暗殺者に向いていない人だ。


「私としては殺すつもりはないのですけど…」


果たして彼はどうするのでしょうね。


「殺すに決まっているだろう」


後ろから低い声を漏らしたのはレオンスだった。

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