第32話 兄がやって来た④

「え?ジェイドお兄様、屋敷に戻られないのですか?」


お店を出ると兄から言われたのは「皇城に行くから今日は帰らない」という事だった。

てっきり一緒に帰るのかと思っていたのでちょっとだけ驚く。


「俺だってせっかく出来た可愛い妹と仲良くしたいよ。でも急用があるんだ」

「そうですか…。明日はお戻りになられるのですよね?」

「もちろん。明日こそはゆっくり話をしような」


兄から伸びてきた手はレオンスによって阻止されてしまう。


「痛い!撫でるくらい良いだろ!」


強めに握られたせいか兄はジタバタと暴れる。

レオンスの独占欲の強さには苦笑いだ。


「アリアに触れて良い男は私だけだと言ってるだろ。何度も言わせるな」

「あのな、レオ。狭量な男は嫌われるぞ?」


兄の言葉にレオンスは苦い顔をした。

目が合うと「嫌いになるか?」と聞かれるのでどう答えれば良いのか分からない。

曖昧な笑顔を見せると兄が「アリアを困らせるな」と注意してくれた。


「嫌いになったりはしませんけど、束縛されるのはあまり好まないですね」

「そうか、すまない…」

「いえ…」


本音を言うとレオンスに縛られるなら別に良いと思っている部分がある。

しかし兄の前で言うわけにもいかない。

微妙な空気を壊したのは兄だった。


「じゃあ、アリア。俺達は皇城に行くから。気をつけて帰れよ」

「分かりました。レオ様、また今度お会いましょう」


名残惜しいがいつまでも外にいるわけにもいかない。

帰ろうとするとレオンスに腕を掴まれた。


「屋敷まで送る」

「ですが…」

「もう少し一緒に居たいんだ。送らせてくれ」


彼の帰城が遅くなるのは良くない。

分かっているのにもう少しだけ彼と居たい気持ちもあるのだ。

我儘な私は「お願いします」と返した。


「ジェイド、アリアを送ってくる」

「は?じゃあ、俺も一緒に」

「二人きりにさせてくれ」


レオンスはこちらに近づいて来ようとする兄を睨み付ける。


「駄目だ、アリアに変な事をする気だろ!」

「しない。良いからお前は先に城に行け」


今にもレオンスに噛み付きそうな兄に「私からもお願いします」と言う。

私に言われると思っていなかったのだろう兄は深い溜め息を吐いた。ガシガシと乱暴に髪を掻き毟り、真っ直ぐ見つめられる。


「アリア、変な事をされそうになったらすぐに俺を呼べ!良いな?」

「は、はい…」

「仕方ない。今回は許可しよう」


兄の気迫に戸惑いながら返事をすると肩を掴まれる。そのまま視線をレオンスに移した兄は「変な事をしたら殺すからな」と睨み付けた。

皇帝に対して酷い不敬罪だ。

友人関係でなければ速攻で首と胴体が離れ離れになっていただろう。


「変な事はしない」

「信じるからな?」

「ああ、勿論だ」


レオンスの返答に満足したのか兄は「アリア、また明日な」と挨拶をくれた。

笑顔で「また明日」と挨拶を返す。

城の方に歩き始める兄を見送り私達はエクレール公爵家の馬車に乗り込んだ。

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