第31話 兄がやって来た③
兄から呆れるような視線を貰った私はもう一度レオンスの顔を見上げた。
へらっとだらしない顔で見つめられて胸がどきりと高鳴る。
そういえば当たり前のようにレオンスとの未来を思い描くようになってしまいしたね。
つい二ヶ月前までは別の人と婚約をしていたというのに。自分が薄情な人間になったような気分だ。
「まさかとは思うが婚前交渉をしたりしていないよな?」
ぼんやりと考え事をしていると兄が震えた声を出す。
ふと昼間の事を思い出してしまい顔を赤くなる。なにを勘違いしたのか兄はショックを受けたような表情を見せる。
「さ、最後まではしていないですから…!」
声を荒げた後に言い方が不味かったと気がつく。
これだと最後まではしていないがそれに準ずる行為をしたことがあると言っているようなものじゃないか。多少服を乱されたけど身体中を触られたわけではないのに失敗した。
「レオ!お前、アリアに手を出したのか!」
「落ち着け、ジェイド。誤解だ」
「何が誤解だ、手を出したんだろ!」
頭上で兄と言い争いを始めるレオンスに申し訳ない気持ちになる。
もっと言い方を考えれば良かったわ。
「アリア、無理やりされたんだな?」
「い、いえ、あの、違いますから…!」
私達がしているのはキスだけです。
そう言いたかったが淑女として言葉に出すのはどうかと思ってしまい言い淀むと兄の誤解が加速する。
「そう言うように脅されているのか?」
「脅すわけないだろ!」
「レオは黙っていろ、この変態!」
このままではレオンスにあらぬ誤解が掛かってしまう。
「ジェイドお兄様、本当になにもされていませんから」
ようやく言えた言葉に兄は疑いの視線を送ってくる。
「本当か?」
尋ねられるので「本当です」と完璧な笑顔を作ってみせた。私の答えに落ち着きを取り戻した兄は普段通りの笑顔を見せてくる。
「そうか。何もしていないって事はキスもしていないって事だな」
さらりと言われた言葉に場の空気が固まる。
「キスくらい良いだろ…」
レオンスが肯定とも取れる言葉を言うと兄は笑顔のまま怒り出す。
「何もしていないって嘘をついたのか?」
「い、いえ、あの…」
キスすら駄目なのかと思ってしまう。
怒り出す兄を宥め終わったのは一時間経ってからの事だった。
「良いか?俺がこっちにいる間はアリアに指一本触れるな」
兄に言われたレオンスは口をへの字に曲げて不満気な表情になる。
「それは無理だ。エスコートの時は触れるぞ」
「エスコートの時以外は触れるな!それと結婚するまでキス禁止だ!」
婚儀までおよそ一ヶ月。
連れ帰った日に口付けをしてきたレオンスが我慢出来るとは思えない。
それに私だって彼と…その、出来ないのはちょっとだけ寂しいから嫌なのだけど。
はしたないので口に出すような事はしないけどそう思った。
「キスくらい良いだろう。婚約者同士なのだから」
「俺は婚約者にキスした事はない!」
「愛がないからだろ」
「あるに決まってるだろ、我慢してるんだ!」
そういえば兄には十年以上連れ添っている婚約者がいる。
仲良しだと聞いていたがまさかキス一つなしで過ごしているとは思わなかった。
「彼女は心が綺麗な淑女なんだ!薄汚い欲をぶつけられるか!」
女性にも好きな相手に触れたいと思う気持ちはあるのに。兄は淑女にそういう感情がないと思い込んでいるのだろう。
「ジェイドお兄様。誤解されているようなので言っておきますが女性にも異性に触れたいと思う気持ちはありますよ?」
「な、な…」
「もしかしたらジェイドお兄様も婚約者の方に我慢させているのかもしれませんね」
仲が良いなら可能性は高い。
むしろキスもして貰えないとなると兄の気持ちを疑い始めているかもしれないのに。
そう考えてしまう私は薄汚れているのでしょうか。
なんとなく隣に座っているレオンスを見ると笑うのを必死に堪えている姿があった。
ふるふると震え出す兄は泣きそうな顔を向けてくる。
「アリアがレオに汚された!」
「誤解を招くような言い方はやめてください」
泣き出した兄を宥めるのにさらに一時間かかった。
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