第30話 兄がやって来た①
「ジェイド様?」
空に浮かびながら大きく手を振っている人物に驚く。
ジェイド・オノレ・エクレール。
エクレール公爵家の嫡男で義理の兄となった人。母譲りの長い銀髪を腰のところで結び、父譲りの空色の瞳は目尻が下がっており優しそうな印象を受ける美青年だ。
「お兄様、そんなところでなにをしているのですか?」
「アリアに早く会いたくて飛んで来たんだ」
近々帝都に来ることは聞いていたけどまさか飛んで来るとは。婚約披露式の時の父の言葉が本当になるとは思いもしなかった。
「アリア、久しぶりだね。会いたかったよ」
両手を広げながら近づいて来ようとするジェイドを止めたのはレオンスだった。庇うみたいに立ってくれる気持ちは嬉しいけど相手は兄なのだからそこまでしなくても良いのに。
「私のアリアに触れるな」
ジェイドの頭を鷲掴みにしながら低い声を漏らすレオンス。何回も言われているけど私はいつから彼のものになったのだろうか。
お持ち帰りされた時からでしょうか。
ぼんやり考えていると言い争いを始める兄と婚約者がいた。
「レオ、離せ。僕はアリアと再会を喜びを分かち合いたいんだ」
「抱き締める必要はないだろう」
「別に良いじゃないか!昔はよくしてたんだぞ」
「駄目だ。アリアを抱き締めて良い男は私だけだ」
二人が親しいことは聞いていたけどここまで気軽に話せるような仲だとは思ってなかった。話している内容はどうでも良いようなものだけど。
「僕はアリアの兄だぞ?抱き締めるくらい良いだろう」
「婚約者である私が許さない、抱き締めるな」
「お二人は仲良しなのですね」
ぽろりと呟いた言葉に二人は揃って「仲良くない」と答えた。
やっぱり仲良しじゃないですか。
「せっかくアリアと再会出来たのに邪魔者がいたらのんびり話せないじゃないか」
「邪魔者はお前だろう」
睨み合う二人に小さく溜め息を吐き出す。このままだとまた言い合いを始めてしまいそうだ。
「お二人ともいい加減にしてください」
呆れたように言うとぴたりと止まってくれる。揃って申し訳なさそうにする二人は似た者同士みたいだ。
「とにかく、だ。また会えて嬉しいよ、アリア」
「私もです。ジェイド様」
「もう兄になったんだ。昔のようにお兄様と呼んでくれ」
小さい頃はよくお兄様と呼んでいた。本当の妹のように接してくれていたから。成人を迎えてからは呼ばないようにしていたけど彼の言うように今は兄妹になったのだから。
「はい、お兄様」
「うん」
嬉しそうに笑う兄に私まで頬が緩んだ。
「アリアが無事で本当に良かったよ」
「ご心配おかけしました」
「心配するのは当たり前の事だよ。それよりもアルディの連中をどうして欲しい?僕としては晒し首が良いと思うんだけど」
爽やかな笑顔を見せながらとんでもないことを言い始める兄に緩んでいた頬が引き攣る。
どうして帝国の人達は発想が物騒なのかしら。
今でも戦が起きているからだろうか。
「レオ、どうしてあいつらまだ生きてるのかな?」
「挙式の準備で忙しいんだ」
「アリアを苦しめた連中だよ?さっさと処分すべきじゃないかな」
「分かっている」
「レオが動けないなら僕が代わりに行って来ようか?」
兄がアルディの人達に怒っているのは知っていたけどここまでとは思っていなかった。このまま行ってしまいそうな兄の手を握ると漏れ出ていた魔力が一気に収まっていく。
「アリア?」
「お兄様、駄目です」
「どうして?なんであんな奴らを庇うんだ?」
「彼らを庇っているわけではありません。ただお兄様の手をあの人達の血で汚してほしくないのです」
私の為を思って動いてくれようとする気持ちは嬉しい。でもあの人達なんかのせいでその手を汚すような真似はしてほしくないのだ。
「分かったよ、アリアが望まないことはしない」
「お兄様」
「アリアが昔からこういう事を嫌う子だって分かっていたのに気遣ってやれなくてごめん」
「いいえ。お兄様が私を思ってくれていることは分かっておりますから」
「まったく。出来過ぎた妹だよ、君は」
頭を撫でてくる兄の手は昔よりもずっと大きくて、でも昔と変わらずに優しいものだった。
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