第30話 兄がやって来た②

ジェイド・オノレ・エクレール。

エクレール公爵家の嫡男、今では私の兄に当たる人物。

年齢は二十四歳。私と同じ銀色の髪は腰の辺りまで伸びており、空色の瞳は目尻が下がり優しそうな印象を受ける美男子だ。

兄は今エクレール公爵領にて領主となる勉強をしているはず。

どうして帝都にいるのだろう。


「アリア!久しぶりだな!」


抱き着いて来ようとする兄を止めたのは隣に立っていたレオンスだった。

兄の頭を片手で鷲掴みにした彼は「私のアリアに触れるな」と低い声を出す。

何回も言われますけど、私はいつからレオンスのものになったのでしょうか。

ああ、お持ち帰りされた時からですね。

ぼんやりと馬鹿みたいな事を考えているとレオンスと兄が言い争いをしていた。


「レオ、離せよ!俺はアリアと再会の抱擁をしたいんだ」

「駄目だ。アリアに抱き着いて良い男は私だけだ」


親し気に話す二人。

一回も聞いたことがなかったけど、どうやらレオンスと兄は仲が良いらしい。

同じ帝国出身だし、身分的にも年齢的にも近しいので別に不思議ではない。


「何だと!今の俺はアリアの兄だ、抱き着く権利はある!」

「婚約者である私が許さない。抱き着くな!」

「お二人って仲良しなんですね」


ポロッと呟いた言葉に二人は揃って「仲良くない!」と答えた。


「あ、そうだ。どうせだったら三人でご飯食べようぜ」


兄の提案によりレオンスと三人で晩御飯を食べる事となった。

近くのレストランに入ると個室に案内を受けたところまでは良かったのだけど…。


「あの、二人とも狭いです…」


二人掛けの席だというのに私を挟むように座る高身長達に訴えかけた。

狭過ぎる。


「ジェイド、邪魔だ。向かい側に移れ」


レオンスが兄を睨みながらと冷たく言う。


「アリアは俺が隣の方が良いよな?」


彼の言葉無視なのか兄はへらへら笑いながら私に聞いてくる。

狭いのでどっちも退いて欲しい。


「もう二人で並んで座れば良いじゃないですか」


溜め息を吐きながら声を出した私は転移魔法で向かい側の席に移った。広くなった席に喜べたのは一瞬の出来事。私に合わせるように転移魔法を使ってくるレオンスと兄に呆れる。


「私は普通に食事がしたいのですけど」

「逃げるなよ、俺はアリアと話したいんだ」

「話をするなら屋敷に戻ってからで良いじゃないですか、ジェイドお兄様」


兄は帝都にあるエクレール公爵家の屋敷に泊まるはず。どうせ同じ場所に帰るのだから今話さなくても別に良いだろうと突き放してみるが効果は今一つだった。


「折角会えた妹と仲良くしたいのは当然の事だろ?」

「私も仲良くしたいですけど屋敷の中だけでお願いします」


屋敷の中と限定したのはレオンスがうるさくなるからだ。


「屋敷の中でも駄目だ!」


兄と話していると隣に座る婚約者に腕を引っ張られる。レオンスの胸元にすっぽりと収まると離さないと言わんばかりに強く抱き締められてちょっとだけ苦しい。


「アリアが仲良くして良い男は私だけだ」

「それは無理がありますよ」


間髪入れず答える。

抱き締められたまま上を見れば悲しそうにするレオンスと目が合った。


「レオ様以外の男性と仲良くするなと言われたら自分の息子と仲良くするのも駄目って事じゃないですか。そんなの嫌ですよ」

「息子?」

「いつか出来るでしょう?」


皇妃の役目は世継ぎを産む事だ。

義務として子供を作る気はないですが息子は欲しいです。大事に育てたいですし。

じっと見つめていると次第に破顔していくレオンスがいた。ただでさえ密着している体をさらに押しつけられるので息苦しさが最高潮に達する。

彼の腕を思い切り叩きながら「息が出来ないのでやめてください」と訴えた。


「すまない。嬉しくて、つい」

「嬉しい?」

「アリアが子の事を考えていてくれるのが嬉しいんだ」


それは考えるものでしょう。

あと一ヶ月もすれば私達は夫婦となるのだから当たり前のことだ。

変な人だと彼を見ていると兄からの鋭い視線が突き刺さった。


「結婚もしてないのに子供の話になってんだよ…」


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