第24話 休憩①
「誰かにつけられるな」
人混みを歩ている最中ぴたりと足を止めたレオンスが呟く。確かに先ほどから不躾な視線を向けられている。ただこの人混みの中にいる私たちをどうこうしようという雰囲気は向こうからは感じられない。だから敢えて言わなかったのだけどレオンスは気になるようだ。
「暗殺者でしょうか」
「どうだろうな。少なくとも好意的な視線ではなさそうだ」
「そうですね」
変装をしているから見破られることはないと思っていたけど。相手は鋭い観察力を持った手練なのかもしれない。私たちが足を止めている間、向こうも足を止めてじっとこちらを見据えている。
「どうしますか?」
裏路地に誘い込めば簡単に始末することも出来るだろう。しかし今は祭りの真っ最中だ。そこに一般客が入り込んでいないとも限らない。
レオンスはどうする気なのだろうかと彼を見ると余裕そうな微笑みを見せた。
「レナール達には伝えた。すぐに捕まるだろう」
その言葉を聞いて少し安心する。帝国の警備隊は優秀な人ばかり。花祭りの楽しい空気を壊すことなく犯人を捕まえてくれるだろう。
「アレが捕まるまで私達は休憩でもするとしよう」
「構いませんがどちらに行かれるのですか?」
「こっちだ」
私の手を引くレオンスは路地裏に向かった。そこには人の気配がなく物静かな空気が漂うだけ。
「ご自身でお捕まえるのですか?」
考えが変わったのだろうかと首を傾げると「誘い出しているだけだ、始末は警備隊にさせる」と返される。
レオか私が捕まえた方が早いと思うのだけど…。きっとなにか考えがあるのよね。
「随分奥まで進みますね」
「皆が楽しんでいる中で興醒めな逮捕劇を繰り広げたくないからな。音すら届かない場所で捕まえるべきだ」
民への配慮を欠かなさないレオンスに感心していると連れて来られたのは宿屋だった。
どうして宿屋?
確かに休憩とは言っていたけど本当に休憩する気とは思わなかった。疑問に思っている私を他所にレオンスは部屋を取り始める。通されたのは二階の一番奥にあるやたらと豪華な部屋。おそらくこの宿で最も高い部屋なのだろう。
「どうして宿屋に…?」
「不特定多数が集まるレストランよりこっちの方がゆっくり出来るだろう」
「それはそうですけど…」
なにか嫌な予感がする。
楽しそうに笑うレオンスは侵入防止の結界魔法を部屋全体に施していた。暗殺者が入って来られないようにするためなのは分かるけど防音結界は必要ないのでは。
声を聞かれたら困るから?それなら納得出来るけど違う気がするのは私の気のせい?
「アリア、こっちに座ろう」
「え?」
レオンスが腰掛けたのは窓際にあるソファーではなくさらに奥に設置された巨大なベッド。
休憩ってまさかね…。
なんとなく察せれるようになってきた自分の順応力に呆れる。ベッドの脇まで着くと手を引っ張られて膝の上に乗せられた。
「レオ、なにをする気ですか…?」
「休憩だ」
笑顔で私の頬を撫でるレオンス。ここまで来たら鈍感な人間でも分かる。分かってしまうけど…。
「今はそんなことをしている場合じゃないでしょう」
「どうせ暗殺者が捕まるまで私達はここからは出られない。向こうも入って来る事は出来ない。なら、良いだろう?」
「良くありません」
レオンスとのキスは嫌じゃないけど時と場所を考えてほしい。近づこうとする彼の口を手で塞ぐと強い視線を向けられる。
駄目なのに。
レオンスの昂った瞳を見てしまうと拒むことが出来なくなるのが今の私だ。腰に回った腕の力が強まり身体が密着する。
「嫌か?」
「嫌、ではないですけど…」
「大丈夫だ。私に身を委ねていろ」
なにがどう大丈夫なのよ。
拒まないといけないのに唇に硬い指先を押し付けられて何度も撫でられると体の力が抜けてしまう。早く触れたいというレオンスの気持ちがよく伝わって来るのに彼は自分からそれ以上動こうとしなかった。いっそのこと強引にでも奪ってくれたら良いのに。
「アリア、許可をくれ」
「…っ、もう狡いです」
「狡くて悪いな」
笑顔を見せたレオンスの首に腕を回して小さな声で許可を出す。その瞬間、唇に熱いものが重なった。
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