第4話 キスの後に求婚されました

なんで、キスなんか…。

くっ付けられた唇はなかなか離れてくれない。一瞬浮いたかと思ったら角度を変えて押し当てられる。何度何度もそれが繰り返されていく。呼吸をしようにもやり方が分からずされるがままだった。


「んっ…」


満足したのか長いキスがようやく終わりを迎える。初めての口付けだというのに濃厚過ぎるそれをお見舞いされた私は強烈な行為の余韻に耐えきれずレオンスにぐったりと寄りかかった。そんな私の髪を優しく撫でる彼を見上げると恍惚とした表情を向けられる。


「私の気持ちを信じてもらいたくてさせてもらった。勝手にして悪かった」

「謝罪する気ないですよね!私、は、初めてだったのに!」

「初めてだったのか。それは良い事を聞いたな」


やっぱり謝罪する気ないじゃない。

悪びれた様子もなく笑うレオンスを睨み付ける。火照った頰を冷たい手が撫でた。


「本当に悪かったと思ってる。ただ五年も想い続けている相手を妃に出来ると思ったら止められなくてな」

「五年?」


確かレオンスと出会ったのは五年前の舞踏会だった。ただ挨拶をした程度で印象に残るようなことはなにもしていないのに。

彼も私に興味なさ気だったではないか。


「初めてアリアーヌ嬢に会った時、一瞬で心が奪われたんだ。私の妃にしたいと思う程に強く惹かれた。それからはずっとアルディのお子ちゃま王太子から奪う機会を伺っていた。まさか自分から手放すとは思わなかったが、あの場にいたのは僥倖だったな」


くつくつと笑い始めるレオンスに頭の中が混乱する。


「は、初めて会った時ってご挨拶をさせて頂いただけですよね?」

「ああ、そうだな。君を見た瞬間に恋に落ちた。所謂一目惚れというやつだ」


一目惚れって恋愛小説の中だけで起きることじゃなかったの?

現実でもあり得るものなの?

そもそも私なんかを誰かが好きになってくれるだなんて信じられない。


「その顔は信じてないな」

「し、信じられるわけがありません。私みたいな魅力のない女を陛下が好きになるだなんて」

「私は好きでもない女にキスはしないぞ」

「陛下はおモテになるでしょうからあれくらい慣れていらっしゃるでしょう」


キスの上手い下手はよく分からないけど少なくとも気持ちが良かった。あれはきっと慣れてる人のやり方だ。


「女に言い寄られる点は否定しないがキスは私も初めてだったぞ」


嘘でしょ?

レオンスの年齢を考えると経験がなかった方が信じられないのだけど。


「私の初恋は君だ。だから君以外の女性とこういう事をするわけがないだろう」

「初恋…?」

「そうだ、君は私の初恋の相手だ」


全てが嘘だと言われた方がまだ信じられる内容に驚愕を隠しきれない。


「今は信じられなくても無理はない。だからこれから信じてもらえるように努力しよう」

「努力ですか?」

「私がどれだけ君を好いているのか、その身に味合わせてやろう」


まるで蜂蜜をいっぱいに垂らしたミルクティーのように甘く微笑むレオンス。誰かにこんな風に見つめられたのは生まれて初めてのことだった。


「逃げても良いと言ったのに逃げなかったのは君だ、私に愛される覚悟をしておけ」


パチンと鳴らされたレオンスの指先。

私の体に纏わり付いていた縄が金色のリボンに変化する。まるで彼の瞳のようなそれはこれからの自分を暗示ているようだった。

彼の愛に縛られるような、そんな気が。


「このまま寝室にでも連れ込みたいところだが解いた方が良いか?」

「あ、当たり前です…!」


なにを言ってるのよ、この人は。


「それは残念だ」


するりとリボンが解かれて「これは貰ってくれ」と手渡しされる。やたらと手触りの良いそれはきっと安物じゃない。

初めてのプレゼントがこれってどうなのかしら。

普通に貰っていたらきっと良い物だったけど見る度にさっきのことを思い出しそうだ。

ようやく自由を取り戻せたと思ったのにレオンスは徐に私を抱っこしたまま立ち上がった。


「あの、下ろしてほしいのですけど…」

「この体勢は嫌か?」

「嫌というよりは慣れていないので恥ずかしいのです」


お姫様抱っこだなんて最後にされたのは十年以上前だ。相手は従兄だった。


「君は本当に可愛いな。仕方ない、嫌われたくないから今は諦めよう」


どうして態度がいちいち甘ったるいのよ。

こんな風に愛情表現を受けたことがないからどうしたら良いのか分からない。逃げるように床に立った瞬間今度は左手を握られる。

まるで離れたくないと言われている気分だ。


「下ろしてくれとは頼まれたが手を繋いではいけないと言われていない」


あなたは子どもですか。

そう言いたくなった。さっき私に濃厚なキスをお見舞いしてきた人間と同一人物だと思えないくらい初心な行動をするレオンスを少し可愛いと思ってしまう。


「もしかして嫌か?」

「いえ、そうじゃないですけど」


手を繋がれるくらいなら問題ない。エスコートを受ける時も触れ合う部分だから。しかしやたらと薬指を撫でてくるのはなんなのだろうか。

擽ったいからやめてほしいのだけど。


「あの擽ったいのですけど…」

「すまない。指輪のサイズを調べたかったんだ」

「指輪?」

「勿論君に贈る結婚指輪だ。その前に婚約指輪も用意しないとな」


左手を持ち上げてそのまま甲にキスを落とすレオンスに顔が熱くなる。

本気で私と結婚するつもりなのね。


「指輪のサイズなら聞いていただけたら普通に教えますよ」

「こういうのはこっそり用意してサプライズで渡す物じゃないのか?女性はそういうのを好むと本で見たぞ」


どんな本を読んでいるのよ。

確かにサプライズは悪くないと思うけど別にそれで喜ぶ私でもない。そもそも、だ。


「今話してる段階でサプライズになっていませんよ」


しまったという顔をするレオンスは髪を掻きむしりながら「やらかした」と呟いた。

本当にサプライズで渡そうとしてたのね。


「用意してくださるというだけで十分に驚きましたよ」

「気遣わなくても良いんだぞ、馬鹿だと思っただろう」

「まさか」


むしろ少し可愛いと思ってしまった。

いつもは威厳たっぷりの人なのに今のレオンスは普通の青年のように見える。そんな姿を見るのは悪くない。


「では、改めて尋ねよう。サイズはいくつなんだ」

「八号ですよ」

「教えてくれてありがとう。ここに嵌るのにぴったりな物を用意するから待っていてくれ」


もう一度キスを落とされてそこに熱がこもったような気がする。

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