第3話 皇城に到着しました

大規模な魔法陣が展開されていく。強い魔力を感じて全身の毛が逆立つ感覚がした。真っ白に光る視界を遮るようにぎゅっと目を瞑る。


「着いたぞ」


レオンスの声掛けにそっと目を開いた。

唐突に現れた私達の衝撃で机に積み上がっていた書類の束が辺りに舞う。白い紙が落ちていく中で姿を現したのは見知らぬ部屋だった。


「あの、こちらは…?」

「皇城にある私の執務室だ」


こんな一瞬で皇城に着くなんて桁違いにも程がある。

これくらいなんてことないと涼しい顔をするレオンスはぐるぐる巻き状態の私を抱えたままソファーに腰掛けた。


「移動酔いはしなかったか?」

「驚きましたが大丈夫です」


慣れてない人だと吐き気を催すけど魔法に慣れた身からすると特になにもない。

それよりも書類は散らばったままで良いのかしら。

良くないだろうと指先を動かして机に上に戻していく。


「魔法の腕前は確かだな」

「これくらい子どもでも出来ると思いますけど…」

「こんなに丁寧には片付けられないだろう」


どうかしら。

少なくとも私は幼い頃からこれくらいは出来た。コツを掴めばなんてことのない。さっき彼が使った長距離転移魔法に比べたらそれこそ子ども騙しな魔法だし。

それよりもそろそろ縄を外したいのだけど勝手に外したら怒られるかしら。


「縄を外して欲しいのか?」


ぼんやりと自分の体に巻き付いたままの縄を眺めていると尋ねられる。

このままでは不便だとこくりと頷いた。


「そうですね、動きづらいので外してほしいです」


それからレオンスの膝の上から退きたいから外してほしい。抱きかかえられたままだなんて恥ずかし過ぎる。


「逃げないか?」


不安気な表情で見下ろしてくるレオンスに首を傾げた。皇城まで連れて来られて逃げられると思ってる方がおかしいだろう。そもそも逃げられないと悟ったからお持ち帰りされたのだ。逃げたところで行く宛なんてないし。


「逃げませんよ。そもそも逃げられないと思いますけど」

「本当に嫌なら逃げても構わないんだぞ」


そんな逃げてほしくないって顔をしながら言わないでよ。


「お前は優秀な魔法師だ。逃げようと思えば簡単に逃げられるだろう?」

「私と比べるのも烏滸がましい大魔法師様がそれを言いますか?」


馬鹿にしてるのか皮肉を効かせているのか。どちらにせよ今はあまり良い気分にはなれない。彼を睨み付けた。

ふむ、と小さく声を漏らしたレオンスは私の髪を撫でてくる。

誰かに頭を撫でられたのは久しぶりね。

慣れていないのか少しぎこちなく感じるが不快感はなかった。温かくて大きな手のひらは心地良さすら感じられる。


「お前は自分の価値を真に理解していないようだな」

「私の価値ですか?」


公爵令嬢だった頃ならともかく婚約破棄をされた挙句、国外追放を受け罪人となった今の私は無価値に等しい。

無価値どころかマイナスだわ。こんな人間を拾って皇帝陛下はなにがしたいのかしら。戦争の兵器にでもするつもりなの。

首を傾げるとレオンスは腑に落ちない表情を浮かべてくる。


「分かっていたが本当に自覚がないのだな。そう教え込まれているのか?あいつらは何を考えて…。力づくで潰しておくべきだったか?」


ぶつぶつ言い始めるレオンスに首を傾げる。

変な人。

レオンスとは舞踏会で顔を合わせれば挨拶をするだけの関係である。彼がどのような人物なのか噂でしか知らないのだ。

レオンスに纏わる噂は良いものから悪いものまで存在している。そのどれが真実なのは分からない。


「君はアルディの天才魔法師と呼ばれている」


天才?

誰かに言ってもらった記憶はないのですけど一体どこの誰がそんな世迷言を並べたのでしょうか。


「天才と言われた記憶はありませんが」

「我が帝国を始めとするアルディの周辺諸国からはそう呼ばれている」


初耳だわ。アルディ王国に居た時は便利な魔法師として色々な場面で利用されていたけどまさか天才と呼ばれていたなんて。嬉しいような恥ずかしいような不思議な感じ。


「君はどこの国も欲しがっている優秀な人材だ、だから行きたいところがあるならここを抜け出しても構わない」

「陛下はあまり嘘が得意じゃないんですね、行かせたくないって顔をしているじゃないですか」

「あぁ、その通りだ。行かせたくない、しかし君に嫌われるような真似はしたくないんだ」


助けてもらって嫌うようなことはないのに。

強引だけど優しさを捨てきれない人なのね。


「行く宛のない旅でもしようかと思っていましたが陛下がそばに居てほしいと言うのならここのいますよ」

「本当か?」


一気に顔つきが明るいものに変わるレオンスはまるでおもちゃを買ってもらった子どものようだ。

私この人のことを誤解していたのかも。


「嫌じゃないのか?」

「もっと不愉快なことをされた後なのであれ以上に嫌な気分になることはありませんよ」

「そうか…。ありがとう」


感謝されるようなことはしてないんだけど。陛下ってやっぱり変わってるわ。


「どうしてアルディはこんなに可愛い君を捨てたんだろうな」

「か、可愛いって…」

「可愛いだろう」


私には相応しくない言葉だと思うのだけど晴れやかな笑顔で言われると否定もしづらくなる。


「それは置いておいて私も捨てられると思っていませんでした」


いきなりの断罪、それも支離滅裂な冤罪。

二十年間の人生の中で一番衝撃を受けた出来事な気がする。


「確認の為に尋ねるがあの場でアルディの王太子が言っていた罪状は事実か?」

「勿論真っ赤な嘘です」


あれはやっぱりジュリーが企てた作戦なのだろう。あんなことをしようと考える頭がオディロン殿下にあるとも思えないし。結婚したいと言ってくれたら潔く身を引くというのに断罪する必要があったのだろうか。

陛下はこの話を信じてくれるのかしら。


「ただの事実確認だ、お前を疑っているわけじゃないから安心しろ」

「本当ですか?」

「当然だ、あんな顔だけの阿婆擦れ女を君が貶める必要ないだろう」


阿婆擦れって…。仮にも貴族の令嬢に使って良い言葉じゃないと思うわ。否定するつもりもないけど。

最初から私が男爵令嬢を虐めていないと分かっていたのだろうレオンスは満足気に笑う。


「分かっていたから私のことを心配そうに見ていたのですか?」

「なんだ、気が付いていたのか」

「ええ。あの会場内でフォルス皇帝陛下だけが私を心配する視線を送ってくれていたので…」


ここまで連れて帰られるなら助けを求めても良かったかもしれない。

って知っていたとしても無理ね。大帝国の皇帝に小娘が声をかけられる気がしないもの。


「助けを求めてくれたらすぐにでも助けたのに」

「あの場でそんなこと出来るわけがありませんよ」

「それもそうだな、最悪な空気だったからな」


私が連れ出された後の会場はどんな雰囲気だったのだろうか。


「陛下、私が連れ出された後って…」

「あの愚か者共は私は折檻しておいたから気にしなくても大丈夫だぞ」


折檻って…。

なにをしたのだろうか。気になるけど笑顔が怖くて今は聞ける気がしない。


「じゃあ私を妃に選んだのは私の力がほしかったからですか?」


本当に妃にする気なのか半信半疑で尋ねるとレオンスは少し悩んだ後に軽く頷いた。


「それもあるが一番の理由ではないな」

「え?」


一番じゃないって他に何の理由があるのだろうか。疑問に思っているとレオンスはそっと私の頬を撫でた。そして優しく笑う。


「私が君に、アリアーヌ嬢自身に惚れているからどうしても欲しかったんだ」

「そうなの………ん?」


え?この人は今なんて言ったのでしょうか?

私を好きだから欲しかったって絶対に嘘ですよね?

仰天している私に近づいて来るレオンスはゆっくりと唇を私のそれに押し当てた。


「ん…」


いわゆるキスというものをされている。

婚約者を持つ身であったがこの手のことはされたことがなかった。つまり正真正銘初めての口付けだ。両手が縛られているままなので彼を突き放すことも出来ない。足を縛られているから逃げ出すことも出来ない。

与えられる甘い熱を受け入れるしかなかった。

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