第3話 皇城に到着しました

転移先に選ばれたのは執務室と思しき場所。

私達が現れた衝撃波のせいで机に積み上がっていた書類の束が辺りに舞う。


「ここは?」

「私の執務室だ」


短く答えたレオンスはぐるぐる巻き状態の私を抱えたままソファに座った。

書類は散らばったままで良いのかと思っていると魔法で片付けられていく。

縄を外したいのだけど勝手に外したら怒られるかしら。


「縄を外して欲しいのか?」


ぼんやりと自分の体に巻き付いたままの縄を眺めていると尋ねられる。

こくりと頷いた。


「動きづらいので外してほしいですね」

「逃げないと約束するか?」


不安気な表情で見下ろしてくるレオンスに首を傾げた。

皇城ここまで連れて来られて逃げられると思ってる方がおかしいだろう。そもそも逃げられないと悟ったからお持ち帰りされたのだ。


「逃げません。そもそも逃げられないと思いますけど」

「お前は優秀な魔法師だ。逃げようと思えば逃げられるだろう?」

「私より優秀な魔法師であるフォルス皇帝陛下がそれを言いますか?」


馬鹿にしてるのかと彼を睨み付けた。

ふむ、と声を漏らしたレオンスは私の髪を撫でてくる。

人に撫でられるのは久しぶりの事だった。


「お前は自分の価値を真に理解していないようだな」

「私の価値?」


公爵令嬢でなくなり罪人となった今の私は無価値に等しい。

首を傾げるとレオンスは腑に落ちない表情を浮かべてくる。


「本当に自覚がないのだな。そう教え込まれているのか?あいつらは何を考えて…」


ぶつぶつ言い始めるレオンスに首を傾げる。

変な人ね。

レオンスとは過去に一度だけ挨拶をした程度の関係である。彼がどのような人物なのか噂でしか知らないのだ。

レオンスに纏わる噂は良いものから悪いものまで存在している。

有名人なので噂が付き纏うのは仕方ないことだ。


「アリアーヌはアルディの天才魔法師と呼ばれている」


天才?

誰かに言ってもらった記憶はないのですけど誰がそんな世迷言を並べたのでしょうか。


「天才と言われた記憶はありません。誰に呼ばれているのですか?」

「我が帝国を始めとするアルディの周辺諸国からだ」


初耳ですね。

アルディ王国に居た時は便利な魔法師として色々な場面で利用されていましたけど、まさか他国から天才と呼ばれていたとは思いませんでした。嬉しいような恥ずかしいような不思議な感じです。


「だからアルディが天才であるお前を捨てた事が信じられなかった」

「そうですね。私も捨てられると思っていませんでした」


いきなりの断罪でしたからね。しかも冤罪。

十八年間の人生の中で一番衝撃を受けた出来事な気がする。


「念の為に尋ねるがあの場でアルディの王太子が言っていた罪状は事実か?」

「真っ赤な嘘ですね。オディロン殿下がジュリー…彼の隣に立っていた男爵令嬢と婚約したくて適当に作り上げたのでは?」


おそらく二人で企てた作戦なのだろう。

結婚したいと言ってくれたら潔く身を引くというのに断罪される意味が分からない。


「やはりそうか。賢いお前があの顔だけ女を殺そうとするとは到底思えなかったのだ」


最初から私が男爵令嬢を虐めていないと分かっていたのだろうレオンスは満足気に笑う。


「それで私のことを心配そうに見ていたのですか?」

「気が付いていたのか」

「ええ。あの会場内でフォルス皇帝陛下だけが私を心配する視線を送ってくれていたので…」


ここまで連れて帰られるなら助けを求めても良かったかもしれない。

いや、知っていたとしても無理ね。大帝国の皇帝に小娘が声をかけられる気がしないわ。


「ところで私を妃に選んだのは私の力が欲しかったからですか?」


本当に妃にする気なのか半信半疑で尋ねるとレオンスは大きく頷いた。


「それもある」

「も?」


他に理由があるのだろうか。

疑問に思っているとレオンスはそっと私の頬を撫でた。そして優しく笑う。


「私がお前に、アリアーヌ自身に惚れているから欲しかったんだ」

「そうなの……ん?」


え?この人は今なんて言ったのでしょうか?

私を好きだから欲しかったって絶対に嘘ですよね?

仰天している私に近づいてくるレオンスはゆっくりと唇を私のそれに押し当てた。


「ん…」


いわゆるキスというものをされている。

婚約者を持つ身であったがこの手のことはされたことがなかった。

つまり正真正銘初めての口付けだ。

両手が縛られているままなので彼を突き放すことも出来ない。足を縛られているから逃げ出すことも出来ない。

与えられる甘い熱を受け入れるしかなかった。

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