第3話「Her end」


イチゴが旅立った翌日の夜、僕はイチゴの恋人を呼び出していた。


待ち合わせは石切駅。


お互い時間通りに到着したので、そこから歩いて数分の大阪の街が一望できるところまで移動した。



「えっと、それで」



彼が切り出す。


こうやって、しっかり話をするのもこれが初めてだ。


それがこんな悲しい報告をするためだなんて・・・。



「あぁ、申し訳ない。少し感傷的になってしまって」


「お気持ちお察しします」


「それは君もだろう。なんせ、恋人だからな」


「否定はしません」


「それでな、今日は君に少し話がしたかったんだ」


「はなし・・・ですか?」


「まぁ何となく察しているとは思うが、昨日の午前三時ちょっと前に、イチゴが旅立ったよ」



彼はなにもリアクションしなかった。


イチゴの父親である僕が呼び出した時点で、察しはついていただろうし、想定していたことなのだろう。


でも悔しい気持ちはあるようで、必死に泣くのを堪えているのは伝わってきた。



「君宛の手紙だ。僕のと君の分、二つあった。家に帰ったら読んでやってくれ」


そう言い、彼にそれを渡した。


これでもう、事務的な報告は済んだ。


あとは僕の自己満足の領域だ。



「少し、昔話をさせてくれないか?」



彼が落ち着いてきたところで話を切り出す。



「はい・・・?」


「君は、二十年前の僕のようなんだ」


「えっと、僕がイチゴさんのお父さんみたい?」


「イチゴから、イチゴの母親について何か聞いているか?」


「えっと、もう亡くなっているということぐらいなら」



話していたのか。


イチゴは母親のことについて人に話すような性格ではない。


実際、そういう話を聞いたことも、この目で見たこともない。


でも、彼は知っていた。


つまり、イチゴは彼を相当信頼していたということだろう。


やはり、似ているな・・・。



「イチゴの母親も、イチゴと似たような旅立ちをしたんだ」


「え・・・そうなんですか」


「ちなみにだが、イチゴから母親のこと、どれだけ聞かされているんだ?」


「えっと、俺がイチゴさんの母親について質問したとき、ただ、もう亡くなっているということだけ言ってくれました。だから、それ以外のことは知りません」



なるほど、そういうことか。



「イチゴの母親は、イチゴが一歳になる前に旅立った。だから、イチゴには母親の記憶なんてあるはずがないんだ。これがどれだけ辛いことか、わかるかな?」


「もちろん。イチゴさんは女の子ですから、特に・・・」


「ま、そういうのもあるよな。それで、昔話というのが、僕と彼女の話だ。まぁひどい話ではあるんだが、イチゴの大切な人には知ってもらいたいし、親バカだと笑ってもいいから、今だけは聞いてほしい」


「聞きます」


「まぁ話すって言っても、長話にするつもりはない。あいつ(イチゴの母親)は、イチゴにそっくりだったんだ。ちょうど、こんな夜景も好きでね」



そう言い、目線をまっすぐ遠目に伸ばす。


目の前には、大阪の街の夜景が広がっていた。


彼女と仲良くなったきっかけも、この近くの生駒山が最初だった。だから、ここは思い出の場所だ。


それからというもの、彼にはイチゴを産んだ経緯などを話した。


そして・・・。



「イチゴが残したその手紙にどんなことが書かれているのかは知らない。だけど、そこに書いてあることは間違いなくイチゴが望んでいることだ。だから、慈悲とかそういうのはいらない。最期のイチゴの願いを聞いてくれれば、親としてはそれ以上のことはない。そして、僕も親としての何かを肩からおろすことができる」



イチゴが彼に対して何を望んでいるのかは知らない。だけど、イチゴなら彼に幸せになってほしいと願うだろう。


二十年前、まだイチゴが一歳のときに旅立ってしまった、彼女のように・・・。

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