第2話「Her end」
イチゴから相談を受けて数日。
ある日を境に、イチゴの足取りが軽くなっていることに気づいた。
多分、抱えていた悩みが解決したのだろう。
父親としてはホッとする限りだ。
でも、どこか悲しい気持ちもあった。
何というか、娘と距離ができた感じ。
そりゃそういうお年頃というのは重々承知しているつもりだ。
実際、僕がイチゴぐらいの時は、恋に夢中だったからな。
でも・・・。
「ごめんな」
そう、毎日呟いていた。
思い返せば、僕と彼女が愛した証、そして、彼女が生きていた証としてイチゴを産むことを決心した。
医者からも言われていた。
生まれてくる子供が健康状態である可能性は低いと。
それでもイチゴを産んだ。宝物ができた瞬間だった。
僕からしたら幸せだ。
でも、イチゴ本人はどうだろうか。
母親と同じ時期に旅立つというのなら、人間の寿命の四分の一ほどしか生きられない。
それが辛くないわけがない。
僕はただ、謝ることしかできなかった。
そんな日々を過ごし、やがてイチゴは入院した。
とうとうその時が直近なのだと悟った。
イチゴからイチゴの恋人の連絡先を教えてもらい、連絡もした。
「必ず、見舞いに来てください」
そうお願いした。
彼は「もちろんです」と言い、毎日のように見舞いに来てくれた。
彼と話しているときのイチゴは本当に幸せそうだった。
でも、それは別れるときが、幸せな分だけ辛く苦しいことでもあると、そう分かっていたから、僕はまた、家に帰って謝っていた。
「なんで、産んじゃったんだろ」
そんなこと、何千、何万回と思った。
イチゴは彼女そっくりに育った。まるで昔の彼女を見ているみたいだ。
そんなイチゴが彼女と同じ道を歩もうとしている。
なんて皮肉で悲観的な話だ。
それでも、本当に良かったと思うことが一つだけある。
それは、イチゴの恋人の存在だ。
幸せが大きいほど悲しみも大きくなる。
それはそうだが、それでも大切な人がいるのといないのとでは、色々と変わってくるものがある。
幸いイチゴの恋人は優しい人みたいで、親としてはホッとしている。
彼もまた、必死にイチゴと向き合おうとしているみたいで、毎日欠かさず見舞いに来ているのはもちろん、時折プレゼントも渡しているみたいだ。
そんな日々が、いや、せめてこの日々が、いつまでも続いてほしいと願った。
ただ、願いというのは観念的で、それが叶ったとしても、それはその人の努力の結果であり願ったからではない。
だが、努力をするにも人には限界というものがある。
今回の場合はそれだ。
挑戦してもいないのにこんなことを言うのも釈然としないが、僕がどんなに努力したところでイチゴを救うことはできない。
そして何もできないまま、その時は来てしまった。
「午前二時四十二分くらいですかね。一応、確認などもありますので、書類には午前二時四十五分ということで手続きを致します。ご愁傷様です」
集中治療室から出てきた医者に言われたその言葉は、僕の全身を脱力させた。
その場で泣き崩れ、朝まで一歩も動けなかった。
親として、一人の人間として、大切な人が側からいなくなるというのは、それが事前にわかっていたとしても、こんなにも絶望するものなんだと、彼女が旅立った二十年前ぶりに実感した。
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