第38話 茜
その少女はいつも憂鬱そうな顔をしており、例え両親に対してであっても滅多に笑う事は無かった。
少女の名前は茜、彼女には双子の兄がいた。
兄の名前は仁、父親が祖父への恩と義理からつけた名前である。
仁は、茜が物心つく頃に火の精霊の力を顕現させた。
すると、周囲から持て囃されるようになり、母も父も仁にかかりっきりになっていた。
母は問題ばかり起こす仁の面倒を見るために付きっ切りになり、父は戦闘の英才教育をするため、仕事以外の時間は仁と稽古を始める。
そして茜は幼い頃からしっかりして落ち着いており、何をするにも手がかからなかったため、基本的に放置されることが多くなり、代わりに笑顔は少なくなった。
決して両親は茜に対して愛がないわけではなく、仁と同じように愛していたのだが、あまりに仁に手がかかり過ぎたため、どうしても茜まで面倒をみることができなかったのだ…
しかし幼い茜にそんな事が理解できるはずもなく、「自分は能力がないから、両親に愛されていない」と思い、小さいながらも孤独な幼少期を過ごすことになる。
だがそんな茜にも唯一、自分の事を見てくれている人はいた。
誠である。
自分の祖父である誠と自分は血が繋がっていない。
だけど、誠は肉親以上に自分にとって大好きな家族であった。
なぜなら、
誠だけはいつも自分の話を聞いてくれる。
色んなところに連れて行ってくれる。
美味しい物を食べさせてくれたり。
いつでも自分の事を見ていてくれる。
そう、誠だけは自分の事を愛してくれているとわかった。
彼女の心が荒まなかったのは誠のお蔭であるといっても過言ではない。
茜は誠の前だけは笑顔を見せるようになり、気がつけば、かなりのお爺ちゃんっ子になっていた。
だからこそ、両親の前では手のかからない、いい子を演じることができたのだ。
しかし、その祖父は茜が8歳になったころに【精霊病】という病にかかってしまうのだった。
精霊病とは、自身の精神に宿った精霊が成熟しきり老衰することで、精霊の宿った体が朽ちていってしまうことである。
精霊病は、精霊との相性があまり高くない場合によく起こる現象で、精霊とのシンクロが高く無いにもかかわらず、若い頃から精霊の力を酷使し続けることで成熟する速度が加速し、やがて宿り主である体も一緒に果ててしまう恐ろしい病だ。
病と言っても一般の老衰と同じであり、違うのは体がそこまで衰えないことくらいで他が同じであるが故に、治す薬もなければ助かる手はない。
誠は一度精霊病になりかけたことがあった。
小百合を鬼族から奪った後の事である。
誠の人生の半分は戦いに明け暮れる日々であり、当然精霊の力を酷使していた。
そしてその後、裏切りの連続で心が荒み、精霊の老化が加速し、死に絶えようとしていたのだったが、それを当時救ったのは小百合である。
そこで真実の愛に触れて、奇跡が起こった。
誠の精神の成長と共に、精霊の老化が止まったのである。
しかし、それではなぜ今になって精霊病が発症したのか。
本来、精霊の力を酷使しなければ精霊の老化が進むことなどありえないし、多少の行使位ならばほとんど問題にならないレベルであった。
ではなぜか?
その原因は明らかであった。
馬族との戦争である。
その時代のオニンピックの覇者が他の種族の殲滅を法律にしたことで、年に1回、他種族と争わなければならず、誠もまた、その戦に駆り出されたことになる。
家族の内、誰か1人が戦争に行かなければならなかったのであるが、幼い仁や戦闘ができない小百合はもとより、今では一家の大黒柱である豪鬼を行かせるわけにはいかなかった。
故に既に老体でありながらも、戦闘力の高い誠が代表で馬族との戦争に参加することになるのだった。
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