第37話 家族
あの日、豪鬼が店に戻ると店は営業を中止しており、椅子には誠と小百合が座っていた。
「豪鬼、戻ったか。まぁそこに座りなさい。」
誠は真剣な眼差しで豪鬼に着席を促した。
豪鬼が椅子に座ると、誠は続ける。
「前にお前にいったな。もしも、お前が力よりも大切な物を見つけたら、俺はお前を奴隷から解放するとな…約束を守ろう。お前はこれからは自由だ、好きにするといい。」
豪鬼はいきなり店長から解雇処分を言い渡されたと思い焦った。
「ちょ!ちょっと待ってください店長!俺は確かに力より大切な物に気付き、それを知りましたが、ここから離れたくありません!!今まで衣食住全て揃えてもらって、奴隷だと思ったこともないです!やっと見つけた大切な場所なんです、離れたくないです!!」
豪鬼は思いの全てを誠にぶつける。
誠は…
「少し勘違いしてないか?お前は見つけたんじゃない。大切な物を育んでいったんだ。大切に思うからこそ、大切だとわかる。大切にするからこそ、それは大切な物となる。そこを勘違いするんじゃない。最初から大切な物なんてないんだ、それは自分の心次第ってことだ。お前の気持ちは分かった。その気持ちを忘れない限りここに置いてやるよ。小百合…何かあるか?」
そう言うと、今度は小百合に話をふった。
豪鬼は自分の思いがけない告白を思い出し、小百合に何を言われるかと戦々恐々となった。
「豪鬼さん、さっきの言葉は本当なの?」
小百合は真剣な目をして豪鬼を見つめて問う。
豪鬼は今更つっけんどんな態度等取れるはずもなく、ただ恥ずかしすぎて中々声が出ない。
「あれは…えっと…その…なんというかだな…」
いつまでも話そうとしない豪鬼に小百合が怒る。
「もう!はっきりしなさいよ!!私の気持ちは決まってるんだから!」
普段優しい小百合の口調が厳しいものとなっており、豪鬼は「ビクッ」と体をビクつかせながら覚悟を決める。
「小百合!!好きだ!愛してる!お前だけを一生愛したい、こんな俺だけど俺と結婚してくれ!いや、結婚してください!お前と新しい家族を作りたいんだ!」
豪鬼からの渾身のプロポーズ…
小百合は…
「馬鹿ね…もう私の心は決まってるって言ったじゃない。」
豪鬼は振られたと理解した。
「そうか…もう心に決めた男がいるんだな…それでも、俺は死ぬまでお前の幸せを見守り続けて見せるよ。」
豪鬼は少し寂しそうな顔をするも、小百合に笑顔で答えた。
そして小百合は豪鬼に近づくと、自分の夢を語りだした。
「私ね、子供は二人欲しいの。元気のいい男の子と可愛い女の子。それでね、いつか大きな旅館を立ててね、そこでパパと子供二人と優しい夫の5人で暮らすの。」
「そしたら、また俺を雇ってくれよ。掃除でも料理でもなんでもするからよ。困った時は体を張って助けるぜ。」
「ダメ!」
豪鬼は小百合に拒絶されてショックを受ける…
「そうか…ダメか。こんな奴じゃだめだよな。でも俺は必ず近くで見守るぜ。」
「近くってどのくらい?」
「そうだな…隣に店でも構えるかな。」
「ダメ、もっと近くで助けて。」
「もっとって…」
すると小百合は豪鬼の手を取り、微笑む。
「このくらいよ」
豪鬼はハッと気づく。
「それってつまり…その…俺と…」
「幸せな家庭作ろうね豪鬼!!」
豪鬼は震える…そして叫びながら小百合を抱きしめた。
「小百合ーー!!一生お前を守ってみせるからな!!」
そんな二人を暖かい眼差しで見つめる誠。
「おう、豪鬼。じゃあ今日からはお前に料理の腕を叩き込むからな!覚悟しておけ!料理も出来ねぇ奴に俺の大切な小百合を渡すわけにはいかないからな!」
「ありがとうございます!!本当に…ありがとうございます!」
泣きながら豪鬼は誠に感謝するのだった。
あらくれものだった豪鬼…力のみを欲し、そして力に絶望した男がたどり着いたのは、本来決してたどり着くことはなかった愛の溢れる都であった。
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その年、沢山の常連客や誠に祝福され、豪鬼と小百合は結婚した。
その日は豪鬼がオニンピックで惨敗し、誠と小百合と出会ってから丁度2年後であった。
そして翌年には男の子と女の子の双子が生まれる。
先に生まれたのは男の子、後に生まれたのが女の子。
男の子の名前は「仁」女の子の名前は「茜」、豪鬼は誠への仁義の証として生まれた息子を「仁」と名付け、豪鬼が小百合にプロポーズした日の空模様が茜色だったことから、娘には「茜」と名付けたのだった。
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