第30話 自殺

【小百合視点】


 自分を売るために連れ歩いた男は倒れた。


 自分を縛るのは、もうこの首輪だけだ。


 今なら自由になることができる。


 自由?生きる?何の為?


 父はいない、母もいない、頼れる者もいない。


 あるのはこの鎖に繋がれた体だけだ。


 この男の持っている金を奪えば、少しは生きながらえるかもしれない。


 だけど、何の為に私は生きるの?


 そうか、私は死んだんだ。


 自由になった。


 ならやる事は一つだけ。


 死のう。


 今なら死ねる。


 誰にも邪魔はされない。


 こんな地獄にはもういたくない。


 ふと倒れている男を見ると、腰の袋の横に短剣がついているのを見つけた。


 あれがあれば死ねる。


 そう思い、倒れている誠に近づくのであった。


【誠視点】


 自分が倒れると、その場で気持ち悪い娘はずっと立ち尽くしている。


 (なぜ逃げない?)


 小百合にとっては、逃げる絶好の機会だったのだ。


 自分に酷い仕打ちをしてきた悪い鬼族に仕返しもできるし、逃げる事もできる。


 誠は当然そうなるものだと思い、疑いもしなかった…


 しばらくすると、その娘は倒れている自分に近づいてきた。


 そして誠は言った。


「おい、チビ。逃げないのか?俺を殺さないのか?俺が憎いだろ?さぁやれよ、どうせもう俺は助からねぇ。」


 誠は投げやりになっていた。


 そしてこのままいけば間違いなく自分は死ぬと予感していたのだった。


 思えば誠の人生は酷いものであった。


 物心がつく頃には親に檻に入れられ、自由を奪われる。


 そして親を殺し、一人になる。


 その後、しばらくは不自由ない暮らしを得るが、手に入れたものは全て幻だった。


 信じていた嫁に裏切られ、弟子に陥れられ、何もかもを失った。


 今あるのは、少ないお金とみずぼらしい気持ち悪い娘だけだ。


 もうこの世に未練はない。


 なぜ死のうとしなかったのか、それはわかる。


 もし自殺をすれば、自分の力を否定することになるからだ。


 まだ自分には力がある。


 この力さえあれば生きていくことはできる。


 これだけは誰にも奪われたくない。


 その一心で意味もなくただ生きて来た。


 だがもう終わりにしよう。


 もう十分だ。


 奪うのも、奪われるのも、もう懲り懲りだ。


 人生の最後が、戦利品として酷い扱いをした娘に殺されるなら、それもまた運命だ。


 誠は全てを諦めていた。


 そしてしばらくして、その気持ち悪い娘は倒れている自分に近づいてきた。


 多分、この腰につけている短剣か、金が目当てであろう。


 誠はそう確信した。


 案の定、小百合は誠の短剣を取ろうとした。


 そして、小百合はその短剣を自分の首の鎖付近に突き付けた。


 (こいつ…まさか!!)


 小百合が自殺しようとしていることに気付く。


「おい!その剣はお前の命を奪う為の物じゃない、俺を殺す武器だ。俺を殺して、俺から金を奪え。そして…生きろ…無様でもいい…あがき続けろ…お前は…生きろ…幸せに…なれ…」


 誠の言葉は誰に言った言葉であろうか。


 小百合への言葉だったのか。

 

 それとも過去の自分に向けた言葉なのか?


 それとも今の自分に対してなのか。


 多分その全てであった。


 誠の心に残るたった一粒の優しさ。


 それはこの旅でずっと誠が胸に抱えていた苦しさであった。


 そして誠は、抱えていた胸の痛みが和らいだのを感じるとそのまま意識を失うのであった。

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