第32話 守秘義務

ベッドが軋む音で目が覚めた


「ごめん起こしちゃった」

「起きてようと思ったのに寝ちゃってた」


滑り込んできた体を抱き寄せる


「最近、緊急オペ多いね。疲れてない?」

「大丈夫だよ」


しょうちゃんは凄いなぁ

って言いながら

体を起こしキスをしてくれる

そのまま体を預け私の胸元に顔を埋める

シャンプーの香りを感じながら

背中に腕を回す

このまま寝ちゃってもいいかな


「重くない?」

「全然」


少し位置をずらして

私の首すじにキスを落としてくる

「..っん」


「ん?ちょっとまって、そこはダメ...」

やられた


「ごめん、付いちゃった」

ほんとに悪いと思ってる?

隠せない場所のキスマーク



「なにかあった?」

「・・・今日、病棟に美樹さん来たよ」

「ん?」

「しょうちゃん探してた」

「あ、今日だったか」

「約束してたんだ」

「うん」

「なんで?」

「う〜ん」

「言えないんだ」

「うん」

「わかった」


体を離し、寝返りを打たれた

背中を眺めながら、そっとため息を吐く



翌朝。

「ごめんなさい」と言って

絆創膏を首に貼ってくれた


「ん」


〜〜〜


「何してるの!?」

驚いてる、友希の声が聞こえた


「ん?」

振り向いて、何かを言う前に

出て行ってしまった


ここは処置室

ベッドのカーテンは半分ほど開いていて

美樹が乱れた服をなおしている


何かを誤解させるシュチュエーションだろうか

まぁ、実際胸は触っていたけれど


『追いかけなくていいの?』


「いいよ、それより」

次の言葉を、少し躊躇う

「出来るだけ早く乳腺外科受診してよ?何だったら私から言って予約入れてもらうよ」


『大丈夫、ちゃんと診てもらうから。ありがと。あ、お姉ちゃんには言わないでね』


「それはもちろん言わないけど」


『ねぇ、うまくいってないの?』

そう言って、美樹は私の首の絆創膏へ手を伸ばす


「そんなことないよ」


そう言った瞬間

ガラっとドアが開いて

「すみませんガーゼを」


私たちを見ないようにしながら、目的のものを持って立ち去る、友希。



「そんなことない。と思う」


しょうがないなぁ。と呟いて

美樹はオペ室へ戻っていった



【Yuki side】


『あ、いた』


更衣室で着替えてる途中には、あまり声をかけられたくないんだけれど

そんなことはお構いなし?

美樹さんはズカズカと近づいてくる


「なんですか?」


と、突然白衣を脱ぎはじめる


「何してるんですか?」


『着替え。ここ更衣室だし』


「ロッカー、ここじゃないですよね?」


と、私の手を取って美樹さんの胸に当てる


「ひぃ」変な声が出ちゃった


『ここ、気になるシコリがあるの』


「え?」


『受診する前に祥子センセイに診てもらったの。この病院で1番腕が良いと思ってるから。センセイは守秘義務があるから言わないと思うけど、変な誤解されても困るから。それだけ』


じゃ!と言って

自分のロッカーへ行ってしまった



病院を出ても、そのまま帰る気になれなくて

街へ出た

しばらく地下街をぶらぶらして

地上へ出たら、すっかり暗くなっていて

空には星が...見えないなぁ

帰ろ


部屋の近くまで行ったら、見慣れた車が停まってた


降りてきたその人が言う

「遅かったね」


何故か映画のワンシーンを観ているような感覚になった

これは現実?



「しょうちゃん...」


※※※



連絡もせずに来たのは初めてだ

会いたくないと言われそうだったから

友希は不在だった

会えるまで待つ覚悟は出来ている


「遅かったね」

上手く笑うことは出来ただろうか


「しょうちゃん」と言ったけど

その目は、どこか遠くを見ているようだった


私の横をすり抜けて、部屋への階段を登って行く

途中で振り向いて

「来て!そこに居られても迷惑だから」


玄関のドアが閉まると同時に抱きしめた


「しょうちゃん、お願いがあるの」

「なに?」

「別れてほしい」

「・・・本気なの?」

「うん」

「なんで?」


「とりあえずコーヒー淹れるね」


淹れながら、友希は、ゆっくり話し出した


なんで私が内科から救急へ変わってきたか、話してなかったよね?

希望を出したの

内科じゃなければ、どこでも良かった

亡くなる人が多いから

それに耐えられなくて、逃げてきただけ

わかってる

誰にでもいつかは死が訪れる

痛みや苦しみを少しでも和らげる緩和ケアが出来ればいいんだけれど

血液内科は亡くなるその日まで化学療法をするんだよ

1番辛いのは患者さんなのに

患者さんは戦ってるのに

私は逃げてきたの


「どうぞ」

「ありがと」

コーヒーカップを受け取る


こっちへ来て

しょうちゃんと出逢って

みんなと仕事して

つくづく感じたの

自分の未熟さを

自分の弱さを


しょうちゃんも病棟のみんなも

美樹さんも、綾さんだって

ちゃんと命と向き合ってる


私は、しょうちゃんと釣り合わない

もっと成長したい

もっと強くなりたい

しょうちゃんに守られてたらダメなの

すぐ会いたくなるし

会えないと寂しくなるし

心配になるし

変なことばっかり考えちゃうし

そういうのにも、ちょっと疲れて


だから・・・




私は

コーヒーを一口、ブラックで飲んだ

その苦さを味わいたくて


そして静かに話す

感情的にならないように


友希、私たちが初めて会話した時のこと覚えてる?

「えっと、確か...誰かの鎮痛剤のこと?」

そう。オペ後の患者さんだった

鎮痛剤を指示通り使っていいかって聞かれた

実は、そのちょっと前にね、友希と患者さんが話してるのを聞いちゃったんだ

患者さんは我慢出来るって言ってたのを

友希は、我慢なんかしなくていいって、治る病気なんだから、依存症にもならないし、我慢する方が体に良くないって説得してた。いまだに‘我慢は美徳’みたいなところが日本にはあるからね

ぶっちゃけ、ここでは患者さんが我慢出来るって言ったら、説得してまで鎮痛剤使う人、あまりいないよ

痛みがどれだけ辛いか良く知ってる内科の看護師さんらしいと思ったもん

友希は、ちゃんと患者さんと向き合ってると思うよ


私は...別れたくないよ

一緒にいたい

寂しい思いをさせてるのは分かってる

分かってるけど

出来れば考えてなおして欲しい

私もちゃんと考えるから


そうだな

一週間。

一週間経っても、もし、まだ気持ちが変わってなかったら


その時は・・・





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