第21話 不穏

珍しく、友希がウチに来ている。


というのも、『論文書け』だの『学会に間に合わせろ』だのと、上のセンセイに無茶振りされたせいで

寝る間も惜しんで

休みも潰して取り組んでいる

必然的に、友希との時間は取れなくなり

ずっと会ってなかったら


「ちゃんとご飯食べてる?」

と心配され

作りに来てくれた


「ねぇ、しょうちゃん家、モノが少ないねぇ。掃除しやすい」


そんなのいいよ!って言ったのに

料理だけじゃなく

掃除まで始めてる


「ここは?」

「そこは・・・いいよ、何もないから」


ガチャ!


「・・ほんとに何もない。一部屋空いてるの?」

「うん」

「ふぅん」



「ウチ、何もなくてつまらないよね?ごめんね」

「ん〜テレビがないのは驚いたけど。ネットが繋がるならいいのかぁ。あ、本はいっぱいあるね!見ていい?」

「いいよ、ミステリーばっかりだけど」


キリのいいところで保存して、一旦パソコンを閉じる

もうやってらんない


本を物色中の、友希を背後から抱きしめる


「どれがオススメ?」

「ん〜この辺かな。このシリーズも面白いよ」

「借りてっていい?」

「うん。帰るの?」

「うん。邪魔しちゃ悪いし」

「邪魔じゃないけど、相手出来なくてごめん」

「仕事じゃ仕方ないよ。ねぇ、ずっとこうしてるの?」

「うん、ずっとこうしてたい」

「いいけど、このままじゃキス出来ないよ」

「それはヤダ」


腕を緩めると、ゆっくりと振り向いてくれたので

そのまま腰を引き寄せ唇を奪う




今回の出張は北海道

結局、出発前日まで資料作りに忙殺


よし、なんとか間に合った。


ん?なんか忘れてる?


しまった‼︎

「友希!」

リビングに行くと

ソファで寝落ちしてる


うわ、またやってしまった

恋人が来てるのを忘れるって、最悪じゃないか


これは、起こした方がいいのか?

このままベッドへ運ぶか?

悩みながら寝顔を眺めてたら

「ん〜しょうちゃん?」

「あ、起きた?」

「何時?」

「2時。ごめん、すっかり忘れてた」

「ううん、寝ちゃった私が悪いんだから。タクシーで帰るね」

「え?帰るの?朝送るから、泊まってけば?」

「でも、明日 あ今日か、出発でしょ?」

「だからだよ。いて欲しい」

「ん、わかった」



先に寝ててもらって

簡単な荷造りとシャワーを浴びて

そっとベッドへ潜り込む

「しょうちゃん」

「起きてたの?」

「うん、しょうちゃん、抱いて」

「ん?」

「あ、やっぱ、いい」


「え?」

「私が抱く」


「は?わっ!な!ちょっ、やめっ、いてっ...」


〜〜〜


「友希!おはよ〜朝だよ、起きて!」

「おはよ〜あれ?朝ごはん作ったの?」

「うん。冷蔵庫に食材あったから。友希が買ってきてくれたんでしょ?ありがとう」


「いえいえ」


「料理は化学だからね、私にだって作れますよーだ」

「意味わかんないけど?私の心の声、聞こえた?」

「まぁ、いいから食べて!」

「いただきます」

「どう?」

「うん!美味しい」

「でしょ?分量さえ間違わなければ美味しくなるように出来てるんだよ!すなわち化学ね!」


「しょうちゃん、なんか今日饒舌だねぇ。もしかして寝てないの?」

「寝かせてくれなかったのは、誰ですか?」

「あ、ごめん」

「いいよ!飛行機で寝るから」



「...行っちゃうのかぁ」

「...ちゃんと帰ってくるから」



〜〜〜


「祥子センセイ、富士山見えますよ!」

「ホントだ〜富士山を上から見るなんて感動するね」

「やっと笑顔が見れた。今日ずっと眉間に皺寄ってましたよ?帰るの嫌なんですか?」


帰りの飛行機の中、隣に座った河合美樹(オペ室ナース)に突っ込まれる

彼女は、手術のために一週間前に合流した

実は、高校の同級生の妹で、以前から知っている

こんな妹が欲しかったな


「いやぁ、早く帰りたいんだけど、嫌な予感しかしない」

「連絡出来なかったから?」

「絶対、怒ってるよなぁ」

「3週間でしたよね?確かに長いですね〜

でも、謝ってエッチしたら許してくれるんじゃないですかぁ?」


「ちょっと、何?いつの間にそんなこと言うようになったのぉ」

昔みたいに、髪をガシガシしたら

「もう〜りっぱな大人ですよぉ」

と言いつつ、喜んでんじゃん


〜〜〜


病院に着いたのが夕方

ちょうど日勤が終わる頃だったので

ナースステーションの休憩室へ寄る


案の定、数人が休憩中

ワチャワチャやってる


「あ!祥子センセイ、おつかれさまです」

「久しぶり〜」

「おかえりなさい」

「ただいま〜」

「センセイいなくて寂しかった〜」

「私も〜」

「ちょっと痩せました?」

「そう?あ、コレお土産」

「わーい」

「変わりなかった?」

「はい。あ、そーだセンセイ、後藤さんと小川センセイ付き合ってるんですか?何か聞いてません?」


「え?さ、さぁ?...そうなの?」

「この前一緒にいるとこ見ちゃったんですよねぇ」

「そ、そうなんだぁ」

「あ、噂をすれば・・後藤さんおつかれ〜」


「おつかれさまです。え、しょう..こセンセイ?」

「うん、ただいま」


「そんなことより後藤さん、今話してたんだけど、小川センセイと付き合ってるって?」

「え?違いますよ!ないです。絶対ないですから」


「そうなの〜?」

「全力否定だね」

「後藤さん、からかうと面白いね」

「でもセンセイは絶対気があると思うな」





「しょうちゃん待って!」


追いかけてくる足音、聞こえないふりして歩き続ける

「ちゃんと話をしたい」

やっぱり悪い予感は当たりかぁ


「屋上行こうか」



〜〜〜



「さっきの話、小川センセイとは何もないから」

「会ってたの?」

「ご飯食べただけだよ」

「そう」

「しょうちゃん、怒ってる?」

「怒ってないよ。ただ、」

「なに?」

「いつから?前から仲良かったっけ?」

「何回かご飯食べに行ってた。でも、しょうちゃん好きになってからは行ってないよ」

「じゃあ、なんで?」

「ごめんなさい」

「謝るようなことしたの?」

「してないよ」

「なんで?って聞いてる」

「しょうちゃんがいなくて、連絡もないし、いつ帰ってくるかもわからないし」

「寂しかったの?だから?私がいない時に会ってたの?」

「しょうちゃんだって...」

「え?」

「寂しかったよ、しょうちゃんがいないからじゃなくて、しょうちゃん、私と一緒にいても誰かの事考えてる」

「え?何の話?」

「あの部屋だって、あちこちに彼女の想い出残ってる。引っ越さないのは、ホントは彼女が戻ってくるの待ってるんじゃないの?」

「何言ってるの?そんなわけないじゃん」

「でも忘れてない」

「だったら何?本気で好きになった相手を振られたからってそんな簡単に嫌いになんてなれないし、きれいさっぱりなかった事にも出来ないよ」

違う、こんなこと言いたいわけじゃない


プルルル

 プルルル


院内のピッチが鳴る


「はい、はい、え?院長室?わかりました」



「ごめん、行かなきゃ。後で連絡する」



院長室へ行くと、書類を書かされた

「はぁ」

こんな事やってる場合じゃないのに


「どうした?ため息なんかついて。恋人と喧嘩でもしたか?」

隣で同じく書類を書いていた樋田センセイ


「な、なんで」


「図星か〜俺も、この仕事の後は、いつも嫁さんと喧嘩になるよ」


「そういう時はどうするんですか?」

「ひたすら謝る」

「許してくれるかなぁ」

「お前さぁ、なんでこの仕事引き受けたの?断ることも出来ただろ?」

「私は、政治的なことはよくわからないけど、違法でない限り、そこに助けられる命があるのなら、助けますよ」

「ほぉ〜恋人に浮気されてもか?」

「う、浮気って」

「されても、しょうがないんじゃね?何週間もほったらかしで、連絡もするなって言うんだから。どんな要人のオペだよ、全く」

樋田センセイ、オペの腕は良いのに

口は悪いなぁ


「センセイはなんで?」

「俺は、もちろんお金のため」

「そ、そうなんですか」

「やめるなら早い方がいいぜ!今なら傷は浅い」

「・・・」


「じゃ、お先」



とにかく一旦帰って休もう

それからいろいろ考えよう


あ、一度医局にも寄らなきゃな


「あ〜祥子センセイ、久しぶりですねぇ」

今、1番会いたくない人がいた


「あ、小川くん。やけに元気だねぇ」

「そうですか?あぁ、ちょっと良いことあったんで〜」

「そう」

「え?なんですか?なんか付いてます?」

「ううん、よく見ると良い男だなぁって」

「え?」

「冗談だよ!帰るわ」



今なら傷は浅い。かぁ


小川くんだったら

不安にさせたり

傷つけたり

泣かせたり

しないんだろうか



ブルブル

思い切り首を振り

思考を止める



帰ってお風呂入ろう


いくら

振り払っても

浮かんでくる

イメージ


太陽、陽射し、笑い声

走り回る子供たち

その中心にいるのは、ゆき?

その隣にいるのは、、誰?


ブクブク

やばっ、お風呂で溺れるとこだった



気付いたら

メッセージがきてた


『さっきはごめんなさい。しょうちゃんに会いたい』



今すぐ会いに行きたい衝動に駆られる


会って抱きしめたら

元に戻れるだろう

だけど

きっと、また同じことを繰り返す



今なら傷は浅い?


じっくり考えて

返信をした


『私の方こそ、さっきはごめん。感情的になりすぎた。友希は何も悪くないよ。ずっと連絡出来なくてごめん。たぶんこれからも、こういうことあると思う。友希のことは大切に思ってる。ほんとは今すぐ会いに行きたい。でも今は少し距離を置いて、ちゃんと考えて欲しい。友希の幸せを。小川くん、良いやつだよ。私は、友希が幸せだったらそれでいいから。友希が決めて。』



返信が来たのは、次の日の朝だった


『わかりました』と。












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