第19話 秋雨

その日は、お昼を過ぎた頃から冷たい雨が降り出し

止む気配はなかった。


「明日まで降り続きそうですね」


もうすぐ到着する救急車を待つ出入口で

同期の西尾センセイが呟いた


一報によると、交通事故

患者は若い女性らしい



「患者は、今泉咲子さん33歳、車に撥ねられ全身打撲、意識レベル300、血圧82の54、脈拍120」


救急隊員からの報告


「ショック状態ですね」

「ライン、もう一本確保して」

「挿管準備」

「エコー準備して」

「輸血準備」


すると

処置室の外から


「ママ〜ママ〜」

泣き声が


「子供?」

「ご家族の目の前で撥ねられたそうです」

「なんてこった」


「あ、エコーいい。腹部膨満してるから。西尾センセイ、挿管出来たら開腹します」

「了解」


「どう?」

「脾臓ですね。切除します」


「よし、止血完了。血圧どう?」

「血圧上がりません」

「クソ、他にもあるのか」

「心エコー!」

「心タンポナーデ?」


プルルル...プルルル

「VFです」

「クソ!DCチャージ!」

「心マ開始します」


「今泉さーん!お願い戻ってきて!」

「子供置いて逝っちゃダメだよー」


ピーーーー。


「センセイ、もう止めよう」

「・・・」

「どうする?僕が家族に説明しようか?」

「いえ大丈夫です、私が」



「センセイ?」

呼ばれて我にかえる

「ん?あ、ゆきちゃん。ごめん、大丈夫だから。コレ、診断書。

お見送りの時、呼んでくれる?」

「はい」


放心状態だった

こういうことは初めてじゃないけれど

救えない命もあるけれど


家族にとっては

残された人にとっては

大事な人を失う辛さは

そんなふうに割り切れない


話をした時の、ご主人の涙や子供の怒り

ただ、頭を下げるしかない


霊安室で焼香をする

車へ移動させる

業者の車が、緩やかな坂を登り切り

完全に視界から消えるまで

頭を下げ続ける



「なんで霊安室って地下にあるんだろうね?なんで裏口みたいなところからコッソリ出て行かなきゃいけないんだろう」


「センセイ?しょうちゃん?」

「何も悪いことしてないのに...」

「しょうちゃん、今夜、ウチに来て!」

「ん?...今日はやめとく。私は大丈夫だから、心配しなくていいよ」


「ヤダよ。大丈夫じゃないのに、大丈夫って言わないでよ!無理に笑わないでよ!」

「ゆき?」

「とにかく、絶対来て!待ってるから」



「遅くなってごめん」

「来てくれてありがと。ご飯まだでしょ?」

「うん」


「大したものじゃないけど」

「ありがと。いただきます」

「うん、おいしい...うっ...あれ?」


ふいに、大粒の涙がポロポロとこぼれ出た

なんでだろ

感情がコントロール出来なくなってる


ゆきちゃんが隣にやってきて

全身を包み込む

「しょうちゃん、我慢しないで。全部手放していいよ」

その言葉が私を解放した


ゆきちゃんの胸で、ひとしきり泣いた



「ごめん、服、濡れちゃった」

「光栄です」


見上げると、ゆっくりと顔が近づいてきて

唇が触れる


え...


その柔らかさは、理性を吹き飛ばすには充分で


「ゆき...」


気付いたら押し倒してた

初めて触れる肌は、あたたかかった。



〜〜〜


ごめん

ゆきの寝顔に謝る


こんな形でしちゃうなんて、サイテーだ

もっと、ちゃんとしたかったのに

ほんとごめん

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