第18話 Schatz

「ねぇ、もうコレ、雨女確定じゃない?」

たまに休みが合うと雨が降ることが多い

だから、そう言いたくなるのもわかるけど


「これは秋雨前線でしょ?梅雨と一緒でこの季節、雨の日が多いんだから。確率の問題だよ」

「もう〜しょうちゃん、『つまんね〜やつ』って言われたことない?理系脳の論理的思考なんだからぁ」

「つ、つまんね〜って・・」


朝からシトシト降っていた雨が、夕方になって止んだため

2人で近所をブラブラしているのだけど

「あ、ねぇ、こんなところにケーキ屋さんあるよ!」

「ホントだ」


大通りから一本入った場所に、小さなお店があった

少ないけれど、イートインスペースもあるようだ


看板には『Schatz 』


「可愛いね」

「シャッツ?ドイツ語だね」

「どういう意味?」

「たしか、宝物 とかかな」

「ふぅん、看護学校でドイツ語の授業あったけど、全然覚えてないや。あ、でも『いっひりーべでぃっひ』だけ覚えてる」


「ふふ、ich auch」

「ん?」

「なんでもない」

「ね、入ろっ」


『いらっしゃいませ〜』

奥からパティシエーヌさんが出てきた


平日の夕方のためか

他にお客さんはいない


「しょうちゃん、ケーキも可愛いよ!どれにする?あ、イチジクのケーキだって、珍しいな〜私、これにする!」

「じゃ、私は苺のタルト」

「普通だね」

「ん、つまんね〜やつだから」

「あ、気にしてたんだ」


『食べていかれますか?』

「はい!あ、コーヒー二つで。

いいよね?しょうちゃん。ん?」

「あ、うん。素敵な写真ですね〜」


何故か、壁に飾られた写真が気になって

目が離せなくなった


『ありがとうございます。知り合いのカメラマンの写真なんです』


「ホントだ〜綺麗な写真!あ、有名なカメラマンさん?個展があるって」

「へぇ」

置いてあったチラシを手に取る

「あ、今度のデートで行こうよ!ここなら雨でも大丈夫だし」

「そうだね、雨女だしね」

「こだわるねぇ」



『お待たせしました。ごゆっくりどうぞ』

「ありがとうございます」


「ねぇ、しょうちゃんはさぁ、どうして救命医になったの?他の科と迷ったりしなかった?」

「もちろん迷ったよ。自分が何に向いてるかなんて全然わかんなかったし、まぁそれは今もなんだけど。


初期研修の2年目の時にね

街で偶然事故に遭遇したことがあって。応急処置して、そのまま救急車に乗って病院行ったら、当時の外科部長がオペ室に入れてくれて。

それがキッカケかなぁ

その時は何も出来なかったけど

1人でも多くの人を助けられたらいいなぁって。

そっか、あれがなかったら出逢ってなかったのかぁ...」


「...誰と?」


「え?...誰とって、この話の流れだと、ゆきちゃんでしょ?」

「あ、そっか。そうだよね、ハハ」


普段はボーっとしてるのに

意外と鋭いんだよな〜

こういうとこ


「そういえば、このくらいの季節だったなぁ。知ってる?秋は事故が多いって」

「そうなの?」

「うん、雨が多いっていうのも関係してるのかなぁ。秋の夕暮れは気をつけなきゃね。今年は何もないといいなぁ」



「ゆきちゃんは、なんで看護師になろうと思ったの?」

「私は、平凡だよ。子供の頃、体が弱くてね、しょっちゅう熱出してて、近くのクリニックの常連だったの。」

「へぇ、それで看護師さんに憧れて?」

「違う、薬剤師さんに憧れた」

「へ?」


「待ち時間にね、受付から覗くと奥で調剤してる薬剤師さんが見えてね、飽きずにずっと見てたなぁ」

「・・・面白い子だね」

「まぁ、薬剤師になる頭もお金もなかったから、仕方なく看護師にね。あ、あと結婚する気なかったから手に職付けたかったのもある。」

「仕方なくなんて、、そんな卑下することないと思うけどな〜」

「ふふ、賢くなくて良かった。じゃなきゃ、しょうちゃんに出逢えてなかった。ね、イチゴ1個ちょうだい!」



「ごちそうさまでした。とっても美味しかったです。あ、しょうちゃん ちょっと電話。先に出てるね」

「うん」


『ありがとうございました。可愛らしい彼女さんですね!』

「え?」

『あ、ごめんなさい。仲良さそうだったので、つい』

「あ〜はい。自慢の彼女です!ちょっと天然なんですけどね」

『クス』


あ、笑うと片方だけエクボ


「あの...あの写真は、プレゼントですか?」

『え?どうして...』

「あ〜なんとなく。一見普通の風景写真なのに、凄くあったかい感じがして、愛を感じるというか。。あ、なんか偉そうにすみません」

『いえ、そう感じてくれる人がいて、彼女も喜ぶと思うわ』


この2人、きっと素敵な関係なんだろうな



「しょうちゃん、何話してたの?なんか凄く楽しそうだったねぇ」

「何?もしかして妬いてるの?」

「な、なんで、そんなわけないじゃん」

「ふぅん」







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る