薄荷

あずきに嫉妬

第1話

生野―いくの


雨の日。私は彼氏と大喧嘩の末、通知オフにして生野にラインした。

「今から会わない?」

5分後に既読がついた。生野にしては早い。

「なんかあったのか?」

「お前から誘いがくるの珍しいな」

私は投げやりに一言だけ返した。

「んー、彼氏とケンカしたから」

既読がついたが、生野からの返信がまだだった。たぶん苦笑いしてる。

「わかった、じゃあ俺んとこくる?待ってるよ」

生野は一人暮らしだから、この時間は暇だろうとの予想は見事に的中したらしい。

私はスタンプだけ送り、身支度をして家を出た。


ピンポンすると生野は無言でドアを開けてくれた。私は靴を脱いで玄関口に綺麗に並べた。生野は通路に寄りかかったまま私を見下ろす。よいしょっと立ち上がり、私は首を傾げた。

「なに?」

生野は何度か瞬きして、軽く笑う。

「いや、ご機嫌ななめだなって思って。」

「うっさいな……そうじゃなかったらこんな所来てませーん。」

私ははぁとため息をついた。こういう余計な一言が、生野の悪いところだとつくづく思う。

「こんな所ですまなかったな……とりあえず中入れよ。」

生野は首の後ろを掻いてリビングの方に歩いていく。私はコートを脱いで腕にかける。ほんのりと湿ってる生地が手に擦れて、嫌な感触がした。


部屋に入ると、電気が眩しく感じた。一人暮らしの男の部屋にしては清潔感があったが、枕元にティッシュ箱が堂々と置いてあるあたりが完全に生野だった。私はコートをハンガーに掛けてからそのベッドにゴロンと転がり、顔を枕に埋めた。当たり前だが生野の匂いがする。清々しい薄荷の香りが、雨の日の淀んだ空気と対照的で心地よかった。

「おい、人の家でくつろぎすぎだろお前……」

飲み物を持ってきてくれたらしい。私はうぅと唸り声を上げてわがままを撒き散らした。生野が呆れたように笑う。机にコップが置かれた音がしたかと思うと、頭をわしゃわしゃ撫でられた。

「話聞くから、とりあえず起きてって……」

腕を引っ張られ、私は嫌々起きる。

「んで?彼氏さんとどうしたの?」

私は黙った。言われてみれば大きな齟齬がある訳ではなく、ただ日常のすれ違いが重なって、それがしんどいだけなのだから、彼氏とどうしたのと聞かれても答えようがない。

「ん……疲れちゃった。」

生野は困った顔をしたが、それ以上深追いもしなかった。

「なるほどな……じゃあ聞き方変えるよ、俺にできることは?」

私はベッドから足を半分投げ出して、ぶらんぶらんさせた。生野はそれを眺めて、何してるんだと笑ったが、私は無言のままだった。

「まぁ……何がなんだかさっぱりわからんが、とりあえずお前を甘やかした方が良さそうだな。」生野は私の隣に座り、ぎゅっと私の手を握った。

「冷たっ」

外雨だし、仕方ないかと小さく呟いて、生野はさらに手のひら全体で私の手を包んだ。そうじゃなくても普通に低体温だから、と私が言うと、生野は納得したように頷いた。

「先にお風呂入ってくる?」


生野は私の手をあっためていたはずなのに、いつの間にか揉み揉みし出して、遊び始めている。仕返しに私も手を引いて、生野の頬をつねった。それからじっと生野の目を見つめた。生野と目線が合う。逸らす気はない。空気が一気に妙なとろみを帯び出した。先に負けを認めたのは生野だった。

「あんま見られると恥ずいんだけど」

生野が目を逸らしたのとほぼ同時に、私は生野の首に食らいついた。舌でそっと舐めると、生野は硬直した。私は体を戻して笑った。生野もつられて笑い出す。そして私の肩に触れ、頬にキスをしてくれた。


「暖房の温度もうちょいあげるよ。」

生野はそう言ってリモコンを探しに一旦ベッドを降りた。私はセーターを脱ぎ、コートの隣に掛けた。中のシャツからうっすらと下着の色が透ける。今日は薄紫にピンクが乗った可愛い柄だった。ベッドに座ったまま上二つのボタンを開けておく。生野が戻ってくると、ずるいな、とだけ洩らした。私をベッドに押し倒し、残りのシャツのボタンを開けていく。器用にブラのホックを外し、布地に包まれた柔らかさに触れる。私の口から吐息が漏れる。生野は私の首筋に唇をつけ、下へと滑らせた。くすぐったいのと気持ちいいのが混ざって、私は生野の首に腕を回した。布地が邪魔に感じたのか、生野は私のブラを外し、ベッドの横に載せた。空気に晒される素肌は反射で鳥肌がたったが、生野のせいですぐ熱くなだめられる。唇で朱色を挟まれ、なぶられる。鈍い快感が神経に響く。唇と肌の間から水音が漏れ、私はその気持ち良さに揺さぶられ続けた。生野の頭を抱くようにして自分を曝け出す。脚の間からぬるい液体が滲む。生野は手をさらに下に伸ばし、私の腰をさすった。びくんと体が反応する。熱さに包まれる感覚が強すぎるせいで敏感な体が啜り泣く。


生野は体を起こし、上半身のシャツを脱いだ。逆光で体の線がくっきり見えて、色気がいつにも増して感じられる。生野は私の腰を抱くようにして浮かせた。私は捧げ物にでもなった気分で貪られる。下着の上ギリギリの下腹部を執念深く舐められる。体が自然と張って、薄く伸ばされた皮膚から感じられる刺激で、私はあっと声を出してしまった。艶めかしい声で、自分でもぞくりとした。生野の息が肌に当たる。私は俎上の鯉になって、生野の刃に当てられ、中までむき出しにさせられる羞恥と、それと同等の快感を覚えさせられた。


生野は唇を舐めて、上目遣いで私を見た。目に勝利の色が浮かんでいる。私の反応が楽しくて仕方ないようだった。私はなぜか悔しくなって、生野の下から抜け出し、彼の太ももを跨った。彼の肩を抱き、自らを彼に擦り付ける。生野からため息に似た呻きが漏れた。私は腰を前後に動かして彼を誘惑した。双乳が彼の前で揺れる。ツンと尖った実が薄紅に染まり、時折彼の唇に掠った。生野は私を睨んだが、全然怖くなかった。私達はつまらない勝負をする子供たちみたいだった。


生野の負けの旗が上がったのは、私の尖りを含んだ時だった。悔しさがまだあるのか、いつもより力を入れて強めに吸う。私はさらに腰を揺らした。生野は耐えきれなくなり、ズボンを脱がそうと膝を立てた。私はそれに合わせてスカートを下ろした。下着が水分で濡れている気もするが、今はそれを気にする余裕がなかった。生野は私に覆いかぶさり、熱さを私にあてがった。薄い布では焼け石に水のようなもので、私たちはより甘い苦しさに陥れられるばかりだった。生野の喉がゴクリ鳴る。その指を私の下着に潜り込ませ、下へと引き摺り下ろす。私は両脚を曲げてそれに身を任せた。露になった場所に視線が注がれる。生野は指で私の花びらをかきわけて、花芯に指先をくい込ませた。私は目をぎゅっと瞑り、体の火照りを和らげようとしたが、潤いが滴っているのが自分にもわかるほどに鮮明だった。


生野は低く呟いた。

「すごいことになってる」

私はその一言で劣情の堤を壊されたような気がした。周りの薄荷の匂いに押し潰され、自分の中にまでどろどろにかき混ぜられるようだった。生野が入ってくる時、私のは快感で身をよじった。貪欲にも、自分の中が蠢いているのがわかる。一つ一つの襞がどっぷり蜜を含んで、生野を包み込んだまま吸い付いていた。口から出る声は悦楽に滲んだ懇願で、それ以上に淫らであった。熱に浮かされたように体は汗ばみ、突かれる度に中が痙攣した。生野は私に締め付けられたまま動いたが、その度に私から淫水が滴った。生野の熱でぐちゃぐちゃに溶けた私は、まさに陽に照らされた蚌のように、口をあけてされるがままに全てを曝けるばかりであった。小刻みに跳ねた体を、生野は力を込めて押さえつけた。腰を掴まれたまま、奥の秘口を擦られると、私の中に快い痺れが走った。強制的に歓びを与えられ続ける私は、意識が飛びそうになりつつ、それを受け入れた。脚がガクガクして、喉に酷い乾きを感じたが、それ以上に今は愉悦が勝っていた。

「っ、」

生野は速度をあげ、終盤に差し掛かった。何回か私の核を突いてから、やっとのことで未練がましく私の中に自分を埋め込んだ。快楽の波は、私と生野をまとめて呑み込んだ後も、じわじわと快感をもたらしてくれた。


生野は私の上に倒れ込むようにして、体を重ねた。私はその顎から汗が滴るのを手の甲で拭った。私たちがこの緩い心地良さから抜け出せたのは、何分もあとのことだった。生野は少し申し訳なそうにして、私から体を起こして繋がりを抜いた。私の中にあった液が少し溢れると、生野は枕元にあった例のティッシュ箱からティッシュを何枚か取って、丁寧に拭いてくれた。

「お風呂入る?」

声が掠れているのに気づいて、生野は机にあったお茶を飲んだ。

私は目をつぶったままぐったりしている。

「運んでくれるなら。」

生野はしょうがないなと言って、お風呂場に向かってお湯を沸かしに行った。私はなんだか眠くなり、薄目で天井を眺めていた。

お風呂の用意ができると、生野は私を運んでくれた。ご丁寧に脱いでいた下着も持ってきてくれた。私はされるがままに体を流してもらい、湯船に入れてもらった。生野も一緒に入ると言い、私を後ろから抱きしめてくれた。私は頭を生野の肩に乗せ、ぼーっとしていた頭がちゃんとはたらくまで黙っていた。生野は私の髪を一束、指に巻き付けて遊びながら私をからかう。

「気持ちよかった?」

「ん……」

「機嫌なおった?」

「ん……」

生野は笑って、よかったと私の髪を解放してくれた。

「それなら俺にすれば?」

小さい声だったが、私ははっきりと聞こえた。でも、それに答えないし、生野も別に私の答えなんか聞きたくないと思った。多分、それは生野が欲しい答えじゃないから。

お風呂から上がる頃には、私の頭はそこそこいつも通りくらいに働くようになっていた。服を着てコートを羽織る。生野はもう少し居てもいいのにと言ったが、私は断った。玄関で靴を履いて立ち上がると、生野は私の襟を整えてくれた。

「今日はありがとね。」

私がそう言うと、生野はいいえと笑った。

「今度ご飯でも行こう、俺の奢りでいいから。」

私ははぁーいと言い、外に出た。ドアが閉まる。雨はもう止んでいて、私はひんやりとした空気の中、髪からほんのり漂う薄荷の匂いを嗅いだ。

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薄荷 あずきに嫉妬 @mika1261

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