東京、二人の波形

 運命的な出会いをした、と思った。それが七年前のこと。同じように、運命だ、と思う出会いをした。それが半年前のこと。

 その二回とも、相手が同じ人物だなんて、誰が予想できるだろうか。

 一度目は、高校生の時だった。二度目は、社会人になった時だった。

「今日から君の教育係になりました、よろしく!」

その笑顔を向けられた瞬間、恋に落ちる音がした。その直後、聞き覚えのある声と見覚えのある顔に気が付いた。――まさか、生涯で二度同じ男に恋をすることになろうとは。

 あの時と同じ轍は踏むまいと、必死に好きにならない努力をした。今思えば、そんな努力でどうにかなる程度の恋心なら、初めから抱かないだろうに。

 ホテルの部屋の前でカードキーをかざし、ロックを解除する。荷物をベッドに放って、靴のままその隣に仰向けで寝転んだ。真っ白な天井が見える。下ろしたばかりのハイヒールを足先で片方ずつ脱いで、ベッドの下に落とした。

 神様の悪戯としか思えないような偶然が重なって、どうしようもなく心が惹かれて。彼も当然私のことは気付いていて、そのうえで、二人で過ごす時間が増えていった。この意味が分からないほど、私はもう子供ではなかった。

「俺ともう一度やり直してくれないか」

 そういわれた時、内心飛び上がるほど嬉しかった。それこそ、過去にどうしてこの男と別れたのかなんて忘れてしまうほどに。

 隣に無造作に放られている鞄からスマートフォンを取り出す。予約サイトに書かれた番号に電話をかけた。

「本日八時からディナーの予約をしていた玉城ですが……はい、予約キャンセルでお願いします……はい、キャンセル料は……はい、わかりました、はい……失礼します」

 電話を切って、メッセージアプリを開くと彼とのトーク画面が表示された。

 その浮かれた気持ちへの、過去を忘れていたことへの仕打ちが、この今日だ。

 一時間ほど前に受信した、一通のメッセージ。そこにはただ簡潔に、「ごめん、今日ムリ」とだけ書かれていた。ひどく動揺しながら「わかった」とだけ送ったメッセージに、既読の表示はついていない。

 彼がそろそろ私と別れようとしていることも、彼に別の恋人がいることも、今日はその恋人とデートの約束をしていることも、全部全部わかっていた。わかっていて、わずかな望みに縋るように今日の約束を取り付けた。

「ほんと、馬鹿だなあ」

 あのころと、何も変わっていない。あの時は、彼の浮気が発覚したのが先だったか、私が彼の気を引こうと浮気をしたふりをしたのが先だったか。浮気性な男は何回反省しても浮気すると言うけれど、浮気性な男に惚れる私も同じようなものかもしれない。

 両手を広げて一人で寝転んだキングサイズのベッドは、空しい広さだった。せっかく用意したプレゼントも、無駄になってしまった。これで二度目だ。あの時祝えなかった分まで祝おうと思って、奮発してお高めのホテルを選んだのに。

 ベッドから横を向けば大きな窓があり、東京の夜景を一望できるようになっていた。通常ならばロマンティックな気分にさせるそれも、今となっては何の効果も持たない。「東京の夜景が綺麗なのは残業して働いている人々のおかげだ」なんて、夢のないことを言っていたのはどこの誰だったか。

 起き上がってベッドのふちに腰をかけ、夜景を眺めながら、ふと考えた。前回のこと、彼のこと、今回のこと。漠然と、この別れは最後ではないと思った。まだ彼を好きでいる自分と、彼もまた私を好きになるだろう自信があることに驚いた。今は別れたとしても、別れきれずにいつかまた復縁してしまうような、そんな予感。だって、今回がそうなのだから。

 諦めの悪い言い訳に過ぎないと言われればそれまでだ。しかし、二度あることは三度ある、歴史は繰り返す、という言葉が、妙にしっくりきた。ちょうど波長の異なる二つのサイン波が、離れては重なるのを繰り返すように。

 ああ、それはなんて。

「なんて残酷で、なんて幸せなんだろう」

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テーマ付短編 亜月 氷空 @azuki-sora

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