公園
十一月に会ってからというもの、カヲルの姿は一切見えなくなった。
これからはしばらく会えなくなる、連絡は出来るからそれで生存確認して欲しいという報告が十一月にあった。
それからは、携帯で連絡をとる日々が続いた。
会えない理由は、仕事が忙しくなるから、としか聞いていない。
アイドルにも音楽提供をするような人だから、また大変な仕事が入ってたんだろうと考えていた。
でも一つだけ不自然な事がある。
次はいつ会えそう、?と聞いても濁った答えが帰ってくるばかり。
流石に心配になってくる。
まさかもう会えないなんて、と最悪な事も想定はする。
だが、あまりにも急すぎる。そんなことは無い、と自分にいつも言い聞かせていた。
とある春の日のこと。
日中、家のポストに何か封筒が届いた。
「ユズハに」と書かれている手紙だった。
中には1枚だけの手紙が入っていた。
「ん、なんだろうこれ」
不思議そうに取り出し、中身を確認する。
!?、、
え、、? 嘘...でしょ...
手紙の内容を要約すると、
・病気を患い、余命あと二年も生きられない。
・これは決して嘘ではない。
・伝えたいことがある、そして見せたいものがある近くの記念公園に来て欲しい。
「記念公園....」
「立川...昭和記念公園...?」
すぐに家を出た、無我夢中で走った。
頭の中で色々な事が巡っていた。
ぐちゃぐちゃだった。
ひたすらに走った。
駅前を抜けて、昭和記念公園にたどり着いた。
その瞬間、いつもとは違う何かがある事に気づいた。
真ん中にある木は、欅なんかじゃない、桜だ。
「どうして...」
「いつ桜の木に変わってたの!?、」
「それに、人の気配が無い...」
「夢じゃないよねこれ...」
桜の木の下に、一人立っている姿が見えた。
見た事のある姿だ、ひと目でわかる。
「カヲルー!!」
急いで駆け寄る。
「ユズハ、よかった来てくれて」
安心そうに微笑んだ。
「ねえどういうこと?、病気って何?」
「もう俺は長くない、だから、ここで終わろうと思っていた」
「ユズハと出会う前、2年も生きられない事を知った」
「だから、一年間だけ生きて、自ら生涯を終えようとした。」
「そして東京へ戻ってきた」
「ずっと一人で過ごすつもりだった。」
「楽しかったよ、思い出が沢山出来たな」
「ねえまって...今何もわかってない」
「本当に死ぬの?、なんで言ってくれなかったの...」
目に涙が浮かぶ、もう視界がぼやけて何も見えない。
「やだ...やだよ」
「そんなのいやだよ!!!」
声の限り叫んだ。この日常が終わってしまう事など受け入れることは出来ない。
「ごめん...ごめん...」
「ねえ今からでも病気は治るかもしれない!!、薬ができるかも!!!」
「もう無理なんだ!、治らないものは治らない」
「時間だ、」
突然強風が吹き荒れる、花びらがカヲルを包む。
「楽しかった、ありがとう」
「またどこかで会えたら」
生まれ変わって、また君に会いたいと思った。
生まれ変わってでも、生まれ変わってでも
生まれ変わってでも
「カヲルー!!!!!」
花が散る、包み込んで数秒、そこには小さな空の空き瓶だけが残っていた。
「うう...ぐす....うっ....」
細いすすり泣く声がする、涙が頬を伝って雑草へ落ちる。
泣くことしかできなかった。名前を呼び続けた、ずっと泣いていた。
顔をあげるとそこは、1本の大きな欅があるだけだった。桜の木も、花びらも、どこかへ消えた。
あの日出会った公園へ向かう、桜が咲いていた。 そして空き瓶とギターを木の側へ置いた。
無言で祈るように手を合わせた。
何も受け入れる事が出来ないままで、ユズハは、カヲルの家へ向かった。
手紙の中に書いてあった事を確かめる為だ。
俺の部屋の机の上にひとつの鍵がある、それは引き出しの3段目を開ける鍵だ。
その中に、俺が書いたノートやこれまで過ごした時間を思い出して書いてみた物がある。
それを受け取って欲しい、そしてそれを、これからの創作に活かしてほしい。
「何が活かしてほしいだよ、あなたがいなきゃ何も意味ないじゃん」
鍵を手に取り、引き出しを開ける。
出てきたのは十数枚の紙、何やら楽譜や言葉が書いてある。
「これって...」
私達が会った時の日付の事だ。
カヲルは会った日の事、そこから連想して歌詞やメロディ、リズムなど事細かに書き記していた。
「カヲル...私やるよ...カヲルの分まで」
すぐさまこれを持ち帰った。
ーーーーーーー
世間ではあの音楽家の突然死をニュースが報じていた。 自宅で死亡しているのが見つかった。
証拠も見つからず、自殺の可能性が高いと。
カヲルはやっぱり偉大な音楽家だったんだね。
凄い人だったね。 これからこんな人現れるのかな? 私には分からないけど。
それから、三ヶ月後、私は一つの楽曲をインターネットに投稿する。
美しい春を表現した曲。
私とカヲルがあの時、初めて出会った公園の空気を思い出しながら作った。
瞬く間に再生回数は伸びた。 私の付けた活動名も広がった。
メディアからの取材が増えた、数ヶ月前までの自分には想像もつかない。
きっと過去の私に今の事を伝えたら、笑ってもらえそう。
私は今、私の作品が成長していく姿を目の前で見ている。
多くの人に聴かれる作品。
カヲルが残した紙には、作曲の手順もしっかりと書いてあったから、迷うことは無かった。
今でもほんの少し、期待している。
公園に行けば、またギターを持って来て声をかけてくれるかもしれない。
部屋に行けば、優しく出迎えてくれるかもしれない。
ありもしないことだけど、どこか期待している自分もいるんだ。
カヲル、楽しかったね。
私達が過ごした時間なんてほんの少しに過ぎないんだけど、思い出の一部になれたことが嬉しい。
これからはカヲルの人生を描きたい。 カヲルだけが私の音楽なんだ。どうしようもない事ばっかり言ってるけど、今くらい許してね。
それから、私はCDを世に出すことが決まった。
来年にはなるけど、初めてのアルバム。
アルバムの特典として、私が書いた小説を付ける。
初めてのCDにしては頑張りすぎてるような気もするけど、このぐらい挑戦したい。
題名はわかりやすく、小説も最初に出した曲名と同じにする。
今は亡き音楽家へ捧げる作品。
「春風クリエイション」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます