音楽家の告白
ここに来る数ヶ月前、俺には病気があることを知った。
あと2年も生きられない。
身体に力が入らなくなり、眠るように死んでいく。特効薬は無い。 本当に受け入れる事が出来なかった。
最初は。
だが、人間いつか死んでいくものだし、それが早いか遅いかだけの違いで、何も恐れることは無いと考えることが出来た。
1種の悟りだ。
その後、今いる場所へ引っ越してきた。自分が生まれ育った場所。
それからというもの、俺という人物の人格自体が変わってしまったように思う。間違いなく。
俺は、これまで3つの罪を犯した。
ある時、家のソファーがなんだか少し小さく感じた。 突然だった。
買う金が無い訳では無い。だが家具屋は遠かった。
そうだ、隣の家なら徒歩数分。 俺は気づいてしまった。
そうと気づいてからは、行動が早かったよ。
俺は包丁を持った。
隣の家の奴は、一人しか住んでいない事を知っていた。
あれは、夕方頃だったか。
裏口から家に入った時、家の奴は寝ていた。
あとは想像通りだ。
そういえば最近死体が見つかったとニュースで言っていたな。証拠や手がかりとなるものは一切見つからず、見かけた人も居ない、迷宮入りとなる可能性が高い、と。
それもそのはず、人気のいない平日を狙ったんだ。 他にも証拠になりそうなものは全て細工をして残らないようにしてある。そして俺がその日家に入って行くのを見たという人は誰一人としていない。当たり前だろう。
時間もだいぶ経っているということもあるだろうが。
帰り道、なんだか我に帰った気がした。俺は何をやっているんだ。人を殺しているのに。
夕日がこちらを照らしていた。
沈む最中にある真っ赤な夕暮れは、いつも見る赤とは違いとても綺麗だった。自分が罪を犯した事も、すぐに忘れてしまいそうな程に。
自然の景色だけが嘘をつかず正直なものであると、俺の父親が言っていた。確かにその通りだと思う。この世の中は嘘で溢れすぎている。 生きるということはそれだけで労力がいる。何もしていなくとも、呼吸をして、命を消費しているのだ。
日々命は消費されていく。どんな場所でも、世界中でも。
それはとても美しいことだ。
生まれた瞬間から、終わりへ向けて動き出している。
人生の価値は終わり方だ。
終わる瞬間こそが最も美しいのだと、創作をしてから思うようになった。
俺はあるとき、数少ない友人へ花束を送ることになった。
その頃はまだ金が無く、家の近くに花屋はあったが行っても無駄だった。
ある日花屋の前を通りかかった時、"定休日"と書かれている札が店の前にかけられていた。
店のドアは鍵がかかっていなかったよ。
馬鹿だよな、店も。監視カメラも無い。簡単に中に入る事ができた。
中には沢山の花束が並んでいた、どれも綺麗だったよ。
祝いの気持ちを込めてバラの花を取った。
友人はとても喜んでいた。とても嬉しそうだった。
ここで質問がある。
買った花束と盗んだ花束、価値の違いはあるだろうか?
簡単だ、答えは無い。
盗んだ、買ったなどそんな情報は相手に伝わらないだろうし、伝わったとしても同じだ。
気持ちが大事だとか、犯罪で手に入れたものを貰っても嬉しくないとか、それは心持ちの話である。
俺は心持ちの話などしていない。 だが俺達が暮らしてる世界には法律や道徳というものがあるから、それらがある以上は奪った奴が悪いという結果にはなるが。
生きていて、時々全てを破壊して真っ白にした後で、破滅を迎えたいと思う時があった。
人間関係を全て断ち切り、店のガラスでも割りまくって、万引きをやりまくって逮捕でもされてみたいと。
清々しいだろう、これは。
さよならの一言で終わらせられるなら、それほど楽なことは無いな。人生は難しい。
だからこそ、終わり方が重要なんだ。
人間がどんなものを美しいと思うかわかるか?
終わりがあるものだ。永遠なんてものは何も美しくない。儚さが足りない。
24時間ずっと月明かりが出ていてもつまらないだろう。
今俺を照らしている夕暮れも、すぐに夜になって終わる、人の命も、すぐになくなる。
限られた時間なんだから、
自分が思うように生きればいいんだ。
「他人の目なんて気にするな、そんな時間はどこにもない。」
これも父の言葉だ。父という人間はあまり好きでは無かったが、父の言う言葉の数々は心底その通りだった。 俺の創作の原点と言える人だな。
父は、誰からも好かれる音楽家だった。作る音楽で、人々を笑顔にして、幸せな気持ちを与えていた。 父の影響で音楽を始めた、色々と教えてもらったんだ。
急病で死んだとニュースで報じられた時は、誰もがその死を悲しんだ。
18の頃に、自分が作った曲を初めて世に出した。
"あの音楽家"の再来だ。と世間では言われるようになった。
どんどんと仕事が舞い込んで来るようになった。最初は自分でも戸惑う量だった。
最初の頃は嬉しかったよ、父のようになれたような気がした。
だが、それだけでは物足りない、父がしてこなかったようなものを俺はやろうとした。
俺にずっと空いてある、満たされない大きな穴を埋める方法を探していたんだ。心に穴が空いている。
これが最後の罪になる。
街に流れる曲を、携帯で録音する、それを家に持ち帰り、コード進行やらメロディやら歌詞やらを 分析する、 組み替えたり、元々のまま使ったりだ。
要は盗作だ。 俺に来る仕事の曲は、こうやって作った。 出す度にすばらしいと、言われ続けた。
少し前まで、俺には妻がいた。彼女は音楽の事をよく知らない人だったが、俺の制作する姿をずっと見ていた。
「カヲルは凄いね、一人で色んな楽器を使って音楽を作ってる。」
「見てるだけですごく楽しい。」
そうやって言ってくれた。俺の創作を理解してくれていた人だ。
彼女とは色々な思い出を作った、公園の桜、夏の花火、秋の景色、冬の温もり、思い出ばかりが美しい。
俺は基本自ら人のために曲を作ろうとは思わないが、1度だけ他人のために曲を書いた。妻に向けた歌だ。
思い出は春風揺られながら、揺れている君の顔が浮かぶ 春風が貴方をさらった、僕はただ眺めているばかり 時流れ花が落ちる 花ぐはし、夢うつつ、陽と影が映し出す面影は、僕の心に残ります 思い出は春風揺られながら 面影は春風揺られながら
懐かしい。
妻は事故にあって死んだ、居眠り運転に殺されたんだ。
神様はちっとも優しくなんてない。そもそも、神様なんてものは居ないんだ。
残酷だよな、俺はやっぱりこの世界が嫌いだ。
妻が死ぬ数ヶ月前に桜の下でこの曲を歌った、とても喜んでいた、そんな姿を見て俺も嬉しかった。
ユズハは、そんな妻の姿にとてもよく似ている。 短い髪型、優しい二重の目 、身長、ふわふわしていて、シャキッとしていない立ち振る舞い。いつもうわの空で人の話をあまり聞いてないところ。
ああ、不思議だ。こんなこともあるのか。
思わず話しかけてしまった。不審に思われずに良かった。 人生の最後に、こんな経験が出来たことを嬉しく思う。
もう時間があまりない、俺は明日ここにある青藍を持って記念公園へ行く、最後に見る景色には十分だろう。
開いた部屋の窓に淡い月明かりが差し込む、夜風が優しく撫でる部屋には、時計の針が刻む音と静寂だけが響きわたっていた。
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