9/7 哀六乗

深い海の底にいる、淡く白い光が水中に入っているのがわかる、僕は今、照らされている。



長い眠りについた。僕らは深い海の底にいる。光が届かない、手の届かない深い場所にいる。未だ失くした物を探し続けている。美しい物を、呼吸が出来る場所を、ずっと探している。




終わる事のない考え事が、ずっと続いていく。


言葉の海を泳ぐ、思想の砂漠が上にある、表現はずっと続いていく。



表現力に終わりなんてない。


暖かい空気が欲しい。空いた穴を満たしたい。


天国に一番近い場所を探している。









....ここは...どこだ... 暖かい...空気が澄んでいる....



家....? 違う、ここは外だ。




誰も居ない、人の気配がまるでない。




ん??、なんだ、ここは小学校?



懐かしいな、でもさっきまで外に居たはずなのに、なんで急に。





!?、また景色が変わってる、海だ、、


看板がある、江ノ島?どうしてこんなに遠い所まで



おかしい、何だこの世界...




痛みはある、地に足がついてる感覚もある。



歩ける...夢なのか... どこかへ行ってみよう。



ここは東京なのか、さっきまで俺の家の外、小学校、江ノ島にいた。




もう随分動いたが、全く疲れが無い。




どこまで来たのか。


見慣れた街だ、多分だけど、新宿。


学生時代、遊びに繰り出していた街だな。




いくら歩いても疲れないのなら、もう少し歩いてみるか。



しかし休日の新宿なのに全く人がいないのは何故だろう、人気が無い。



乗り物も、うるさい電光掲示板も、動いていない。


あるのは青い空と流れる雲だけだ。



もしかして、と思い線路を歩いてみる。 全く電車が来る気配がない、怖いほどに静かだ。




小田急線沿いを歩く、落ち着いた街並みが馴染んでいる。


下北沢駅が見えてきた、東京で1番好きな街だ。


この街は異様に落ち着きがある、余裕があるとも言うのだろうか。




自分を受け入れてくれるような、許してくれるような、そんな気がしていた。



街を歩くのが好きだった、目的も決めずに、ただぶらぶらと歩くだけだが。





昔はずっと俯いていた。だから空の青さがわからなかったのだろう。



くだらない事ばかり考えて、考え込んで、自爆していた。


人に言ったところで、何も解決する事のない悩み。


満たされない、大きな穴が空いている。



幸せな顔をしている奴を見ると酷く劣等感に襲われた、自分は何をやっているんだ、自分という生き物は何も出来てないと。




空っぽだな俺は。もうすぐ日が暮れる、そろそろ帰ろうか。


「カヲルー!」



「はっ!!!!」


耳元で大きな声がして目が覚めた。ユズハがカヲルを起こそうとずっと揺すりながら声を出し続けていた。



「めっっっちゃ寝てたね!!?」



「めっっっちゃ寝てた!!!おはよう!!」



「来ていいよって言ったのあなたですよね??」


「いざ部屋来たら何よ、布団で爆睡しちゃって」



「ごめん...笑」



「寝っ転がって携帯見てただけだったんだけどね」



ボサボサの頭をして顔を赤くしながら笑う。


ぐちゃぐちゃになった布団を直しながら、夢の話を始めた。



「変な夢みたな、、夢だったかも知らないけど」


「なになに、聞かせてよ」


興味深そうにこちらを見ている。



「東京を歩いてたんだ、人気のない、俺しかいない東京を」


「どれだけ歩いても疲れなかった」


「誰とも会わなかったんだ?」


「うん」


「その前に、海の中にいる感覚もあった」


「死んだらあんな感じかもしれない」



「ふわふわしてる感じ?」


「それに近い」


「よく夢みるの?」


「たまにかな」


夢は本当に不思議な物で、今の状況によく似た物を見る時がある、未来の出来事を予想するような物もある。




目が覚めたらもう夜が来ていた、窓を開けたら辺りは闇に包まれ、街の明かりが眩しかった。




「コーヒー冷めちゃったじゃん」


机に置いてある飲みかけのコーヒーを指さす。



「あ、まだ残ってた」


「結構残ってるけど」


慌てた様子でそれに気づくと、勢いよく飲み干した。


長時間放置されたコーヒーに温もりなど無かった。




つけっぱなしだったらテレビからニュースが流れ出した。


「昨晩未明、東京都立川市の住宅街で、殺害されたとみられる遺体が発見されました。」



「発見された住宅は○○町6丁目にあり、遺体は殺害されてから時間が経っているものと見られています。」


「6丁目ってここら辺じゃない?、」


「近すぎて怖いよ」



「今どきよくあるから大丈夫だよ」


「それもっと怖いよね??ねえ??」





「よくコーヒー飲むよね」



「コーヒー好きなんだよ」





「今日は何してたの〜?」


「依頼が来てた作曲を仕上げてた」


「大忙しですねえ」


「ユズハと違ってな」



「一言多いです」



ぺし、と優しく頭を叩いた。こうやってユズハがいじられることは少なくない。




「お腹すいたな...」


ぐう、という音が腹から響くように鳴った。



「しょうがないなあ、ご飯作ってあげる」



「え?」



「私がご飯を作ってあげると言ってるんです」



「手伝おうか」



「あなた制作で疲れたんでしょ?、私がやるからいいよ」




「あ、ああ、ありがとうございます....」




「ちょっと外行ってきていい?、気分転換に」


「うん!、行ってらっしゃい!、気をつけてね」




ドアが、閉まりカヲルは外へ出ていった。



「は〜さてさて作るか。」


1階へ降り、冷蔵庫をチェックする、冷蔵庫には意外にも食材が豊富で、調味料も1式揃えてあった。


見たことの無いスパイスもある。



「なんやこれ、めちゃくちゃ揃っとるやんけ」



「あ、こっちには野菜もいっぱい、」



「どうしよう、疲れてるしお肉使おうかな」




「よーし頑張っちゃうぞ!!」



気合を入れ、まな板と包丁を取り出した。





ーーーーーーー









少しだけ自転車で飛んだ、少し冷えた夜風が鼻をくすぐる、心が傷んだ。



気のせいだと思いたい胸の痛みも、すぐ消えるだろう。




立川駅を過ぎて、記念公園に着いた。



前に作曲をする時に休日によく行っていた。


欅を見つめながら、思いつくことをノートに書き写していた頃がつい昨日の事のようだ。





あの欅が桜なら、どれほど美しいかと思っていた。 この公園は休日に人が多く集まる、それを眺めるのも好きだった。





駅前の人々の声が俺の耳に入って来る。


やけに煩く感じる日だ。




東京は様々な人が生きている、東京の人間はどこまでも愛おしくて、どこまでも憎い。



俺はずっと東京で生まれ育ったから、この都市がそこまで特別にも思えない。



それは少しだけ寂しくも思う。




ユズハ感じているようなときめきを、俺も感じる事が出来たら。




そろそろ出来上がったようだ、早めに帰るとしよう。

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